- 2015.12.25
綴られた時間 第十二回 八十日間世界一周
“Le Tour du monde en quatre-vingts jours”
(邦題: 八十日間世界一周) 文・写真 塩見 徹
縦278mm、横190mm、厚さ33mm、そして重さは1.45kg。真っ赤な布地をベースにしたハードカバーにはエンボス加工と金色の箔押しが施され、緻密なイラストやフォントがちりばめられた豪華絢爛なデザイン。触れてみればソリッドな凹凸の存在が指先から伝わり、重厚感のあるマテリアルの存在が確認できる。裏表紙には判型より一回り小さな二重の囲み枠が縁取られ、その中央に”COLLECTION J. HETZEL”と刻印された円形のロゴマーク。天地小口からの虫食いや腐食を防ぐために施された三方金は、刊行から130年以上経った今も黄金色の煌めきを宿す。200ページを越える紙葉には、フランス語のテキストとともに全59枚の挿絵が含まれ、物語の視覚的な想像をエスコートしてくれる。“Le Tour du monde en quatre-vingts jours”。本国フランスでは1873年に、日本では1880年に「八十日間世界一周」というタイトルで出版された。著者はジュール・ベルヌ。
日本では「海底二万マイル」や「十五少年漂流記」、「地底旅行」の著者、あるいはディズニーシーのいくつかのアトラクションの原作者、とベルヌを紹介したほうが早いだろう。このフランス人が世に送り出した「驚異の旅 (Voyages Extraordinaires)」という62の長編シリーズと18の短編は世界中でベストセラーとなり、数々の出版社が翻訳・装幀を手がけた。その本家本元の出版社であるHetzelもまた、廉価版から豪華版まで様々な装幀で出版していたから、ベルヌ作品のコレクターになるなら険しい道のりを覚悟しなければならない。
豪華絢爛な装幀は何も愛書家に至福をもたらすだけでなく、子供へのクリスマスプレゼントやお土産としてベルヌの作品を選ぶことも多かったという。メディアに満ち溢れた現代からみれば、随分と啓蒙的な選択だが、iPhoneやPSPはおろかTVさえもない時代にあっては、子供にとっても最新最先端のSFが楽しめるクールなメディア、時空を越えたアドベンチャーを提供してくれるハイパーメディアだったに違いない。
大人びた児童向け空想小説ともいえるベルヌの作品は、現代人が読んでも古臭さを感じさせることは無い。むしろ現代科学の成り行きを予見していたかのような印象だ。ふと手元にある一冊を開いてみる。最初の購入者が綴ったと思われるフランス語が目に飛び込んでくる。132年前のクリスマスへとリンクする流麗なテキストは今、再びその機能を目覚めさせる。
“Le Tour du monde en quatre-vingts jours”
Author: Jules Verne
Publication date: 1873
Publisher: Hetzel
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