2015.09.25

綴られた時間 第六回 ゴーレム / DER GOLEM

ゴーレム / DER GOLEM 文・写真 塩見 徹

 

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この世の中にはホモ・サピエンス、すなわち人間の皮膚を用いて装丁した書物というものが存在する。著名な解剖学書や異端の宗教書などが書物の購入者の独断と偏見によって装丁されることもあれば、創作者の意図により造られることもあったという。書物の歴史の始まりとともに羊皮紙や仔牛皮紙といった獣の皮膚を用いる術があったのだから、銅鉄実験に比した一定割合で生じ得る発想といえばそう言えるかもしれない。とは言え、このテキストを綴るべくキーボードを叩く僕の両腕はやや鳥肌めいている。

 

ゴーレムという名称を一度は何かで耳にしたことがあるかもしれない。SF小説に登場する怪物の名前か、TVゲームに出てくるモンスターだったかもしれない。人によってはユダヤ教の叢話を思い出す。ゴーレムという語の重量感とともに紐づけられたこれらの心象は、各々の脈拍を、特に男性を中心として、かすかに高まらせるものかもしれない。

 

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本書にはゴーレムという名は現れるが、現代人が持ち合わせる巨人像を具現化したゴーレムという怪物は出てこない。プラハのユダヤ人街、宝飾職人、アタナシウス、フリーメースン、タロットカード、吊られた男、螺旋階段、オレンジの皮の臭い、両性具有、第三の道、幻想、、、これらの事物思考が交錯し、明滅を繰り返し、謎と好奇の飛礫を投げかける。そんな物語だ。

 

ヨーロッパ全土を戦火に包んだ第一次世界大戦の最中に刊行された本書の内側に、適切に入り込む術を得ていれば幸いだ。1915年Kurt Wolff社から刊行されたドイツ語版の初版にはフーゴ・シュタイナー・フラーク (Hugo Steiner Prag)による8点の挿絵が含まれているが、日本語版ではそのうち1点のみが掲載されている。あとは微睡みと眩暈のグラス越しに世界を覗きみるかのように380ページに渡るテキストが綴られている。本文の冒頭には、削られた挿絵の代わりにか、物語の舞台となるプラハ市街地の略地図が鈍い光沢紙に印刷されている。そしてもう一つ、そう、乾き切って白骨化してしまった壁紙のような、纏われた装丁の肌理こそがゴーレムによって表象される埃と砂の化身そのものだ。指先の湿っぽさを奪い去る、あるひとつの、ゴーレムの皮膚だ。

 

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“ゴーレム / DER GOLEM”
著者::グスタフ・マイリンク / Gustav Meyrink
日本語訳:今村孝
装幀:廣瀬郁
日本語訳初版刊行年:1973年(原著ドイツ語版1915年)
出版元:河出書房新社
判型:四六判 378頁