2014.12.12

ニューヨークのためのセレナーデ あるいは ラプソディ・イン・ブルーの後日談

ステープラー[第2回]

 

葉山のパーティの後、僕らはよく会うようになった。そのほとんどは僕の事務所がある南青山界隈のランチタイムの終わる頃のレストランだ。僕は数人の若い人を雇って、細々とアーティスト・マネージメントの会社を営んでいた。宏子はメインディッシュにはうるさくはなかったが、野菜には拘りがあるようで、僕が聞きもしないのに、野菜たちの品評をしてくれた。

 

ほとんどのレストランで彼女が店内に入ってサングラスを外すと、控えめな(そして時には露骨な)好奇の目に僕らはさらされた。どうしてなのか、全くわからなかったけれど。ある日、彼女を連れて馴染みのレストランに行った。彼女が化粧室に席を外している時に、顔馴染みのギャルソンに「Kさん、驚かさないでくださいよ、もう本当にびっくりしたんですから」と小声で言う。

 

僕は何のことかさっぱりわからなかった。「本当に知らないんですか? 彼女は先月、白血病で亡くなった、女優のNにそっくりじゃないですか」。僕はそのNという名前に何となく聞き覚えはあったけれど、顔立ちなんて、全然知らなかった。そうか、僕らをちらちらと多くの人が視線を投げてきたのは、そういうことだったんだ。

 

夏の盛りに音楽家は、50歳の国際特許事務所の社長と結婚していた。音楽家夫妻は式もパーティもしなかったので、僕はお祝い代わりに、名は知られていないけれど、とんでもなくレベルの高いフレンチレストランに招待して祝うことにした。

 

3人、というのもちょっと不自然なので、僕は他に思い当たる女性もいなかったので、宏子を誘った。当日は、激しい夏の雨が降っていたが、僕は音楽家の夫に会うのは初めてだったし、音楽家も、彼女に会うのは初めてだった。だから、ちょっと緊張も不安もあった。そして、その不安の中には、彼女がどんな出で立ちで現れるかということも含まれていた。

 

普段の彼女はとてもカジュアルだったし、僕が何度注意してもブラジャーを付けなかった。でも神楽坂の駅の階段を登ってきた時、それは杞憂だったことがわかった。彼女はまるでアーウィン・ショーの小説から飛び出してきたようにエレガントな服装だった。麻の白いプレーンなワンピースに淡いブラウンのベルトだ。それに合わせてカラフルなLVの麻のバッグを持っていた。でもその中には、葉山のパーティから持ち出したワインオープナーが顔を出していた。

 
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僕らは20代から50代までという長き世代にわたる4人だったが、最初の五分で打ち解けた。音楽家の夫は飾らない気さくで陽気な男だったし、宏子もいつものある種のワイルドさを奥に退ぞかせ、おだやかに振る舞っていた。デザートを食べ終わる頃には、年こそバラバラだけど、学生時代の仲のいいグループみたいになっていた。夏は若く、夜は長く、そうして、僕らは、僕らについての生を充分に生きていた。

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)
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