- 2015.10.28
精巧さを追わず、独特の風合いの「命」を吹き込む【後編】
河本徹朗さん/イラストレーター・立体造形作家
綺麗に整備されたイチョウと桜の木が立ち並ぶ目抜き通りがある学園都市として有名な、都下にあるJR線の駅舎から歩いて20分あまり。閑静な環境ではあるが、お世辞にも近代的とは言えない築40年を過ぎる集合住宅に住居兼アトリエがある。天井も比較的低めで、昭和という時代をよく知る人が懐かしむような「団地サイズ」の作業場は、それこそムダに空間が多い部屋と比べると、ずっと居心地がいい。「春は、目の前の桜が私のために咲くように満開になるんです」と、その時期の美しさを思い浮かべながら河本さんは満面の笑顔を浮かべる。
取材で訪れ、案内された部屋に足を踏み入れると、すでに卓上にはたくさんの作品が整然と並べられていた。人を模写した立体作品をはじめ、自立する電卓や船、魚、カプセル内視鏡までが「お出迎え」してくれた。
河本さんは、作品に「精巧さ」を求めていない。味のある「風合い」こそが最大の魅力だ。立体の造形で使用する材料は、PADICO(パジコ)というメーカーの天然石から作った石塑粘土で、硬い質感に仕上がるという。作品の乾燥は、桜が咲く頃から秋までの晴れた日はベランダで乾(ほ)し、冬は温熱ヒーターを使って乾かせる。
粘土を使った立体造形作家の多くは、綺麗で精巧なディテールなどの質感や素材感にこだわって作り込むが、河本さんの作品は意図的にひっかいたり、ムラを作ったり、あえて粗さを残すところが特徴といえる。「特に人をモチーフにする時に、精巧さを追い求める人は鼻や口に凹凸をつけますが、私は立体感や質感にこだわらずに直接、描いています。立体にイラストを描き込むというか、イラストを立体にする感じでしょうか」。あくまで、リアルさやファンシーさとは無縁な独自のスタイルを貫いている。
着彩は、「平面のイラストと同じアクリル絵の具を使っていますが、最近は、自然なムラが出て、より手作り感が強く仕上がるパステル絵の具や色鉛筆を使う機会も多くなりました。特にパステルは、ちょっと版画のような味が出るところが面白いと思っています。方向性としては、これからパステルや色鉛筆を使う機会が増えるかもしれません」という。
これまで作品が採用された媒体は、実務教育出版や東洋経済新報社(週刊東洋経済)、日経BP社(日経メディカル別冊)、NHK出版(住まい自分流)などのビジネスや医療・健康のほか、趣味や芸術など分野は幅広い。雑誌やムック、書籍のカバーや、雑誌の編集・広告特集などの扉ページにおいて、そのテーマにふさわしい絵柄を選定する際、実写や物撮りでは表現しにくいメッセージをビジュアルとして表現するには、最もふさわしい作家の1人なのかもしれない。
「私の作風や作品が生かされるのは、シニアや幼児向けの媒体だと思っています」。職業イラストレーターのベテランは、今後の自分の立ち位置も見据えている。また、「平面のイラストレーションがパターン化してしまったので、立体・半立体に新たな活路を見い出したことも考え合わせると、これからの立体造形にも新しいタッチを探り出す必要が出てくるでしょう。いや、新しさを採り入れたいと考えています」と、前向きな姿勢を崩さない。加えて、立体を使った動画の制作も視野に入れて、これからも作品を作り続ける。
◆プロフィール
河本 徹朗(かわもとてつろう)
1959年、名古屋市生まれ。
1980年代初頭から、広告・出版関連の印刷物を中心にイラストレーションを手掛ける。2006年から擬人化した立体造形の制作も始め、テキストや書籍の表紙を飾ること多数。最近では、撮影・データ化した半立体作品の制作に意欲的に取り組む。
Webサイト「Tetsuro’s Gallery」:http://www.h3.dion.ne.jp/~t-kawa/index.html
ブログ:http://kawatetsu.exblog.jp/
FACEBOOKページ:https://www.facebook.com/tetsuro.kawamoto
撮影協力/「Cafeここたの」:http://human-environment.com/104/
(文・井関清経 写真・西原樹里)
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