2015.07.15

人や動植物・自然の動きを独特のタッチと色彩感覚で表現する【後編】

たじまひろえ さん/イラストレーター

 

 セツ・モードセミナーに在籍していた時、絵本が読める原宿の小さなカフェ「シーモアグラス」で初めて、グループ展として自分の作品を展示・発表した。その後、常設のギャラリーやBunkamura(渋谷)、箱根彫刻の森美術館のクラフト市や鬼子母神神社(東京・雑司が谷)の「手創り市」などで、ポストカードや手づくり本を展示・販売して、たじまさん独自の世界を描いた作品を披露してきた。

 
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 その独特な画風は、多くのファンを惹き付けている。「季節はずれのプールや古い団地、トタンの建物、寂れた景色などと、カラフルな自然の動植物が同居している風景がとても好きなのです」。特にトタンは、たじまさんの作品に多く描かれており、トタンだけを題材とした手創り本も制作している。「子どもの頃から特に意識していたわけではありませんが、昔住んでいた町並みには必ずトタンがあって、懐かしさが自然と蘇るのでしょう。トタンを描いた絵は、私にとっては写実に近い作品なのですが、時として描かずにはいられなくなるのです」と柔らかな笑顔で話す。

 

トタンというと“寂れた建物の象徴”のように捉えがちだが、たじまさんが描くトタンはそのタッチと色合いが醸し出す雰囲気によって異彩を放ち、存在感を示すから不思議だ。モチーフはトタンのほか、タンチョウやウマ、帽子を被った少女、首から花が咲いている人など、とても多彩だ。トタンや山並み、石垣といった題材は、2008年に自然が多い神奈川県・湯河原に移り住んでから描き始めるようになった。

 
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 そして昨年、たじまさんの創作活動の中で大きな出来事があった。ヘアケア製品の「ベーネコスメティクス」の宣伝活動の一環で、街頭ビジョンやYouTubeなどで公開されるスペシャルムービーのイラストレーションの仕事が舞い込んだのだ。「BATHROOM SYMPHONY」と題されたムービーは、スタジオに特設されたきらびやかなセットの浴槽で入浴する歌い手の実写と、たじまさんが描いた花や都会の街のイラストがプロジェクションマッピングにより音楽とともに躍動するコラボレーション作品だ。

 

 撮影の際も2日間ほどスタジオに詰め、ディレクターから受けた指示をもとにその場でイラストを修正するなど、現場は緊迫感に満ち溢れ、とても刺激を受けたという。「映像と音楽、イラストのコラボレーションは、それぞれのジャンルにおける役割と個性が重なり合って相乗効果を生み出します。クリエイターたちが目的を共有しながら力を合わせることが、集合としてとても大きな力になることを実感しました」。そして、違うジャンルのクリエイターが集って1つの作品を作り上げる過程で、お互いの潜在的なクリエイティビティを引き出し合う環境が作られることが、大きな驚きと発見だった。

 
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 そもそも、たじまさんは展示会場でも四角四面な空間で作品を整然と陳列するより、その場で直感的に閃いた「個性のある自分らしい空間づくり」が好きだった。また、音楽とイラストを結びつけた新しい演出法や空間づくりも模索していた。このムービーの異業種混合プロジェクトを通じて、「こんな出会いや刺激を求めていたからこそ、これまで絵を描き続けてきた」ことに気づいたという。今後も、新たな自分の世界観を広げて、より深め、異業種のコラボレーションによる演出や空間づくりに積極的に参画していきたいという。

 
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 取材で訪れた日は、次回の企画展「太陽のおまつりごと」(オケモト手仕事雑貨店:6月14日~20日)に向けた作品づくりの追い込みの真っ最中だった。その作業に没頭する姿を撮影中に、筆を止めてひと言「今までとはちょっと違って、しっくりしないのです。久しぶりに『どうしようかな?』という感じ。描き直すことは滅多にないのですけれど」と、微妙な台詞をつぶやいた。その「違う」「しっくりしない」という言葉は、後ろ向きな意味を込めて漏れた言葉には受け取れなかった。多くのクリエイターたちが新境地を切り拓くときに、そうした戸惑いのようなものが付きまとうことが、しばしばあるからだ。

 
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 この4月までの約1年半ほど、決められたテーマや企画に沿った作品づくりに追われ、余裕ができたら原点に戻って、自由な発想で新たな作品を描こうと決めていた。「今までとは違った絵を創作する意欲が、少し先に滲み出てしまったのかな?」と首をかしげながら、「新作は、これまでとは変わりそうな予感もあります」と続けた。

 

 取材を終えて別れ際、「この作品ができるのを楽しみにしてください」という言葉には、次作では新たな“たじまひろえワールド”が出来上がっていることを予感させた。

 
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■プロフィール
たじまひろえ
東京都生まれ、神奈川県湯河原町在住。セツ・モードセミナー(長沢節主宰)卒業。雑貨店、カフェ、百貨店などに勤務する傍ら、「F-SCHOOL OF ILLUSTRATION」(福井真一主宰)を受講。現在、アルシュ紙、ファブリアーノ紙、半紙などの画材に、水彩、カラーインク、墨汁、リキテックス、鉛筆、コラージュなどを使用した作品を作り続ける。
ブログ/hiroe tajima picture gallery=http://tajimahiroe.web.fc2.com/

 

(文・井関清経 写真・西原樹里)