- 2015.07.01
人や動植物・自然の動きを独特のタッチと色彩感覚で表現する【前編】
たじまひろえ さん/イラストレーター
たじまさんの絵の大半には、描かれている人や動物、草木、草原、山々のすべてに動きを感じる。作品のファンや展示会の来場者からも、「絵が動いて見える」と言われることが最近、多くなったという。そのことについて本人は、とても納得している。
作品の中には、「躍動感」といった形容を帯びた表現はほとんど加えていない。「モチーフとなる人も動物も草花も、動きを持たせて描いてはいませんが、そもそも人や動物は常に動いているし、草花は開いたり閉じたり揺れたりしています。絵が動いて見えるのは、私の絵から自然の姿そのものを感じ取ってくださっていることなので、とても嬉しく感じます」。たじまさんの絵は、牛やウサギ、ウマ、鳥のほかに、草花、山並み、そして優しい表情の人が佇む風景がほとんどで、その独特の筆と色づかいが、最大の魅力である。
幼い頃から、コンピューター関係の仕事に就く父が家に持ち帰った、ところどころに穴が開いた白くて長い用紙の裏に鉛筆で思い思いの絵を描き始めていた。何かを模写するのではなく、想像の世界を一人で膨らませて、「ニヤニヤと」笑みを浮かべながら何かに憑かれたように描いていたという。「特に、人が動く姿を描くのが好きでした。例えば、玄関のベルが鳴って『はーい』と応えながら、2階から階段を駆け下りる女の子の全身の動きを妄想しながら描いていたりしていました」。
幼稚園で好きな色を選んで奔放に絵を描き、小学校の夏休みに祖母が住む家の近くで開かれたお絵かき教室で絵を描く楽しさを知った。中学校ではいろいろな教材を基に教える美術の授業で、黒色の塗料が塗られたガラス面をニードルで削るガラス絵のような描き方や、そのほかのさまざまな手法やデザインなど、美術の幅の広さや奥深さをとても楽しんで知ることができた。
高校卒業の頃には、大好きだった雑誌「Olive」を眺めながら、「漠然とですが、この世界に関わりたい」と感じ始めていた。ただ、「編集の仕事ではないだろうと自分なりに感じ、誌面に載っている可愛いイラストにより共感を覚えていたので、絵の道はどうかな?と思った」
しかし、美術大学を受験するための予備専門学校の課題であるデッサンに直面したとき、「直感的に、これは違う」と感じた。物体や事象を忠実に再現する写実は、学びたいこととは思わず、気持ちもワクワクしなかった。その後、進学した短大に通う中で、ファッションイラストレーションの第一人者で水彩画家の長沢節さん(故人)が主宰する「セツ・モードセミナー」の存在を知る。
「初めて見たセツ先生のデッサン画は鉛筆の線1本だけで動きと奥行きを表現していて、凄く自由で魅力的でした。最初の水彩授業では、セツ先生の『現実とそっくりに描くのはカメラがあるのだからそちらにまかせて、絵は画面を色のかたまり(masse)で捉え、その関係性でどれだけ現実に捉われない綺麗な色の画面を作るか』という絵の基本の考え方に、それまでの人生でいちばん心にピントが合ったような衝撃を受けました。幼い頃から馴染んでいた“自由に絵を描く”ことを、これからも伸び伸びと続けていけばいいのだと分かり、とてもワクワクしました。『感性を働かせて自由に描くこと』……。そのほか、セツ先生がたびたび口にした『上品』『おしゃれ』という言葉から、現在も続く描き方の基礎を学びました」
セツ・モードセミナーで5年ほど学んだその過程が、柔らかなタッチと、独特の感性でカラフルながら絶妙な濃淡のバランスで描かれるたじまさんの作風の原点となった。「私にとって生きるうえで絵を描くという宝物を見つけることができた、貴重な経験でした。感性を生かすという描き方の基本は、今でも続けています」(後編に続く)
■プロフィール
たじまひろえ
東京都生まれ、神奈川県湯河原町在住。セツ・モードセミナー(長沢節主宰)卒業。雑貨店、カフェ、百貨店などに勤務する傍ら、「F-SCHOOL OF ILLUSTRATION」(福井真一主宰)を受講。現在、アルシュ紙、ファブリアーノ紙、半紙などの画材に、水彩、カラーインク、墨汁、リキテックス、鉛筆、コラージュなどを使用した作品を作り続ける。
ブログ/hiroe tajima picture gallery=http://tajimahiroe.web.fc2.com/
(文・井関清経 写真・西原樹里)
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