- 2015.06.03
「はじめまして」と訴えかけてくる愛くるしい表情。転身から3年で「金賞」【前編】
はしのくるみさん/テディベア作家
はしのさんの子ども時代は、「愛媛の片田舎のけっして裕福ではない家庭の3人兄弟の長女として生まれ育ち、身の回りのものは買うより、ほとんどが手作りだった」という。生まれもって器用で、物作りにも興味旺盛だったので、洋服をはじめとしてバッグのほか、ブックカバーやルーズリーフといった文具までを手作りし、小学校高学年の頃には「靴以外に作れないものはなかった」ほどだ。
その当時、物を作ることは生活の一部だったが、子供心に「ただ使えるものではなく、売っている物にも負けないクオリティに仕上げる」と心に決めて手を動かしていた。友人の持っている高級ブランド品を見てもまったく関心が持てず、むしろ自分の物を好きなデザインや色で仕上げることの方への興味が強かった。
テディベアは、趣味として高校生の頃から作り始めていた。作家となったきっかけは、2011年3月の東日本大震災の被害状況を報じるテレビで、被災児が見舞い品としてテディベアを受け取っている嬉しそうな姿を目にしたことだ。その前に、羊毛フエルト作りを手掛けていたが、「もっと耐久性のある造形物を作りたい」と考えていた時のことだった。
いざ、一生の仕事として手掛けるのなら、プロとして「この造形(テディベア)なら、はしのくるみ」と称されるほどに突き詰めることを心に誓ったという。誰に師事するべきかをはじめ、素材や材料などあらゆる下準備まで自分が納得のいくまで行ってから、作品作りに取り掛った。このあたりが一途で一本木な性格の、はしのさんらしい。
それからわずか数年で、幼少時からの物作りの経験と才能は、一気に開花する。「何か物事を始めるときには、必ずテッペン(頂点)まで上り詰めたい」という考えから応募した2014年7月の「第22回日本テディベアコンベンション」のコンテストで金賞を受賞したのだ。
応募した作品は、身長15cm以内の小さな体躯のテディベアで、出品テーマは「はじめまして」。両足を広げて手を前についてちょこんと座り、やや上目遣いで何かを訴えかけてくるような表情をしている。文字通り、見る者に「はじめまして」と話しかけてくるような愛くるしさだ。
作品の最も特徴的な部分は、頬がぷっくりと微笑ましく膨らんだところ。この顔の表情も含めて、テディベア作りで最も難しいのが頭部の造形なのだという。「素材のモヘアはまず、毛の方向性を考えながら、縫い合わせる7枚を型紙に合わせてカットします。最終的に綿を想像以上の力で詰め込んで完成させるのですが、この寸法が1mmどころか、糸1本分ほどの誤差も許されないのです。布の方向性で伸び縮みの幅が変わり、糸1本の違いだけで納得のいく表情にならないことが多いのです」という。
はしのさんのアトリエには、完成度に納得できなかった頭の部分が80ほど、木箱に納められている。「胴体をつければ製品化できるのですが、わずかでも納得のいかない作品が世の中に出ることに抵抗があるのです」と、作家としてのこだわりをみせる。
コンテストは、協会の審査員と来場者の投票によって決まるが、その比率は50%ずつだそうだ。展示・審査会場では、「これ、可愛い」といった声が上がり、販売ブースでは作品をデジカメで接写する来場者が多かった。その光景を見て、はしのさんは確かな手応えを感じていたという。
審査結果は、「Category A」(15cm以内)の金賞を受賞。「お客さまと目が合うような表情にインパクトがあったのでしょう。それは、制作時の狙いでもあったのですが、企画意図は間違っていませんでしたね」と笑顔で話す。「金賞」で、初期の目標は達したという。しかし、まだまだ完成度には100%満足はしていない。コンテストでは、各カテゴリーの金賞作品の中から選ばれる「グランプリ」がある。昨年は受賞できなかったので、それが次の目標としてあるからだ。
■プロフィール
はしのくるみ
テディベア作家。人々を癒しに誘う作品作りを心がけて、オリジナルのパターンですべてを手縫いで制作。ブログでは、その制作工程なども紹介している。
くるみの木=http://yaplog.jp/lecielbear/
(文・井関清経 写真・西原樹里)
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