2014.07.25

そこの消しゴムに告ぐ、100年前のオペレッタの挿入曲、シャールジャで働くクロアチア人の気持ち、馬鹿みたいなステレオタイプ

ペンシル[第4回]

 

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消しゴムの気持ちを考えるといつも不思議な気分になる。

 

サイモンとガーファンクルが1970年に発表したアルバム「明日に架ける橋」の中に「コンドルは飛んで行く」という曲がある。これはオペレッタ「El Cóndor Pasa」の挿入曲としてアンデスの民謡をベースに1913年、今からほぼ100年前に作曲されたものだ。この原曲には詩はないけれど、ポール・サイモンは自身で歌詞を付けている。

 

 カタツムリよりスズメになりたい
 そうスズメにさ
 なれるものならね
 きっとなれるさ

 

 クギよりもハンマーになりたい
 そうハンマーにさ
 そう、なれるならね
 きっとなれるさ

 
 

こんな詩だ。それから5年後、日本のポップ・グループ、チューリップは「人生ゲーム」という曲の中でこう歌っている。

 

 草になるより花になりたい
 紙切れよりはさみでいたい
 釘になるよりかなづちがいい

 
 

作詞者の財津和夫がポール・サイモンの詩にインスパイアされたのは間違いないだろう。というか最後の一節は、全く同じだ。この流れでいえば、さしずめ「消しゴムより鉛筆になりたい、なれるものならさ、きっとなれるさ」ということだろう。

 

しかし本当にそうだろうか。これって、とてもステレオタイプな考え方ではないか。なんというか好戦的なピューリタンと言い換えてもいいかもしれない。だって、みんなが鉛筆になってしまったら、どうするのだ。一体誰が消去や修正をこなすのだ。もちろん僕は何も消しゴムの肩を持っているわけでもないし、職業(というか消しゴムが職業なのかどうかわらないが)に貴賎なしと言うつもりもない。別に学級委員長を気取っているわけでもないのだ。ただ、消しゴムがある種の人々から日陰者に思われているのは確かだろう。しかし、それは、やはりアンフェアではないのか。

 
 

 おい そこの消しゴムに告ぐ
 お前だ 海と空の曖昧な境界線の手前に突っ立ているそこの消しゴムに告ぐ
 君は 鉛筆をどう思っているのだ
 君は 世界を愛しているのか

 

 おい そこの消しゴムに聞く
 君は シャールジャ*で働くクロアチア人の気持ちがわかるか
 君は 愛とプライド、どちらが強いと考えるのだ
 君は 本当にモノリスではないのか

 

消しゴムの気持ちを考えるといつも不思議な気分になる。

 

*アラブ首長国連邦を構成する首長国のひとつ。

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)

 

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