2014.07.11

私たちは常に不在だから何も気にすることはないのよ、Spero che ti mancherei、 仕事ばかりで遊ばないジャックは今に気が変になる(後編)

 

ペンシル[第2回]

 

 僕がこうしてこの手紙を「シャイニング」に例えたのには理由がある。彼女は心の病を患っていた。そして、その当時彼女が描いた絵画がイタリアの大きな賞をとり、それでその授賞式に出かけたまま結局パレルモに住みついてしまったのだ。

 

 悩んだ末、ウェブデザイナーの僕の古い親しい友人Tにこの手紙を見せた。彼は妻の病のことを知っているし、僕一人の手には負えないと考えたからだ。

 

「俺はね、そもそも娘なんていない、すなわち初めから不在なんだと考えるのが理にかなっていると思う。だってそうだろ、もし本当に子どもがいるなら、いくらなんでも君に連絡ぐらいしてくるだろう。でもさ、こうも考えられるな。イタリアで君の子を産んで、ある程度成長したら君に知らせるつもりだったけれど、何らかの理由でこの女の子は既にこの世界にはいないんだ。彼女がそれを認識できないような精神状態なのか、もしくはこの子の死を受け入れられないとかね。こう言うと、君には申し訳ないがこの手紙にはとても不吉な何かがあるよ」と소주*1を飲みながら池袋の飲み屋で彼は言った。

 

 その夜は、結局明け方近くまで僕とTは飲んだ。帰り道、僕は3月の金曜日の東の空が見たこともないような不気味な赤に染まる朝焼けを見た。この色は僕らの愛がまだ生きていた頃に、新宿の伊勢丹で僕が彼女にプレゼントした深紅のスワロフスキーを思い出させた。家に帰って、手紙の返事は絵を描いて送ることにした。今は主のいない彼女のアトリエで、素描の為の鉛筆を引き出しから探したが見つからなかった。諦めて部屋を出ようとした時、イーゼルの下に白い鉛筆が落ちていた。Black wing のPearlだった。おかしいな、この鉛筆を彼女が持っていただろうかとちょっと疑問に思いながらもそれを持ってアトリエを出た。午前10時までその鉛筆を使って絵を途中まで描いてベッドに潜り込んだ。

 
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 夢を見た。海岸を見下ろせる青い屋根を持つ白い家の庭で、小さな女の子が僕に背を向けて、芝生に座りアトリエにあった白い鉛筆をタクト代わりにして振りながら何かメロディーを口ずさんでいるようだった。不意に「ジャッキー!」と妻の声が僕の背後からした。それに気づいたその女の子は振り返って、僕を見たような気がする。夢だから細部を覚えていないという訳でない。見たような気がする、と書いたのは、その女の子には顔がなかったのだ。目も耳も鼻も口も何もかも。目が覚めてデジタル時計を見ると、午後2時45分だった。

 

* 1韓国の蒸留酒ソジュ

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)

 

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