2015.04.01

新橋《牛すじシチュー掛け》

やすこなオムライス 第三回

 

 数日前に、靖国神社にて桜の開花予想が発表された。暖かくはなってきたが、まだまだ満開には程遠い三月下旬、サラリーマンの街、新橋に足を運んだ。その日は天気こそ良かったものの、冷たい風がびゅんびゅんと吹き、寒さで体がかじかむという事態だった。加えて数年前に発症した花粉症で鼻水が止まらず、コンディションはあまりよくなかったが、それでもどうしても見たいものがあり、新橋に降り立ったのである。

 

 新橋駅日比谷口に出ると、目の前は閑散としている・・・といいたいところだが、普段とは違い、その日は古本市が開催されており、賑やかであった。少し回ってみると、気になる一冊を見つけたが、女一人で立ち読みするわけにもいかず、名残惜しくも素通りした。

 

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 立ち並ぶテントをよそに、まず目に留まったのは「愛のライオン像」である。隣には何やら「募金投入口」という銀色の筒がある。説明文を読むと、こちらは東京新橋ライオンズクラブ25周年を記念して建てられた、身心障害者のための募金箱として設置されたのだという。勇ましいというより可愛らしくちょこんと座っているライオンを撫でまわしたくなる気持ちを抑えて、次に向かった。

 

「乙女と盲導犬の像」は、東京虎の門ライオンズクラブが建てた像である。

 

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 街は こんなにも明るいのに どこかに翳りがある 心のささくれ
 あなた 語らずにぬくもりを 求められずにぬくもりを あの街に この街に

 

 像に刻まれていたのは、日本を代表する作詞家であり、脚本家、政治評論家、作家とさまざまな顔を持つ川内康範のものであった。

 

 実は、この銅像の設置をきっかけに、盲導犬パレードや募金活動が始まったといわれている。川内康範の言う、「心のささくれ」が日本人からなくなる日はあるのだろうか、と思いをはせても、見当はつかなかったのは、寂しいことなのかもしれない。

 

 ひしめくテントを潜り抜け、お目当ての彼はいた。SL広場の主役ともいえる、SL(蒸気機関車)である。8年ぶりに塗装工事がなされたSLは、誇り高そうに黒光りしていた。新橋駅から鉄道が発車した鉄道発足100周年を記念して、昭和47年から展示されているというSLは、相変わらず独特の存在感を放っていて、隣の噴水にも華やかさでは劣っていなかった。

 

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 新橋駅の反対側、汐留口にある「鉄道唱歌の碑」は、普段ならゆりかもめから降りてきて、通り過ぎてしまうところにドン、と構えていた。「デゴイチ」という愛称で親しまれている機関車である「D-51」の動輪の隣に、「鉄道唱歌の碑」は設置されている。鉄道開通85周年記念日に作詞家大和田建樹の生誕100周年を記念して建立されたそれは、鉄道を讃えているだけでなく、本人が自ら日本国内を旅行した見聞録だそうだ。碑の上には、小さな鉄道がぽつんと置かれていて、鉄道愛が見受けられた。

 

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 汐留の方に歩いていくと、迷子になりそうに思いながら、汐留シティセンターに到着した。時刻がお昼時だったせいか、サラリーマンやOLも続々とオフィスビルから出てきた。そんな人を見守るように、「展望」はそびえ立っていた。中国人であるZhan Wangが手掛けた「展望」は、作品の一部は天井から吊られ、一塊の巨大なオブジェという訳ではない。そして背景にはニューヨーク生まれのアーティスト、メリッサマイヤーの絵が静かに、しかし存在感を誇張して壁を飾っていた。二つ重ねてみた時の、一つの完成した芸術品としての魅力に取りつかれながら、シティセンターを後にした。

 

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 カレッタ汐留には、大きな亀がいる・・・といっても、本当に亀がいるわけではなく、亀の噴水がのっそりと地面から出ていた。言われなければ亀とはわからないようなその風貌は、大きすぎてその全容をとらえきれない。ぜひ今度は水が出ているときに来たいと思いつつも、あまりの寒さに、もう少し暖かくなったら冷を摂りに来ることにした。

 

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 時刻は12時を過ぎた。ある程度歩き回ったおかげで、朝食に食べたパンは消化され、空腹感に襲われた。舞台は新橋駅日比谷口に戻る。たくさんの飲食店を視界にとらえながら、目的地へと足を急ぐ。今回お邪魔したのは、カウンター席のみの、バーでもある「ON THE BAR」である。こちらのランチはオムライスが何とワンコインで味わえるという、周辺に勤めるサラリーマンの財布に嬉しいお店である。

 

 さっそくオムライスを注文した。肉好きな私は、迷わず牛すじシチュー掛けオムライスを注文。目の前でご主人が作ってくれるという目にもおいしいお店だ。数分で出てきたオムライスは、ケチャップ、浅葱、そして牛すじシチューがかかっている和風なオムライスだ。サラダ、スープ(鳥つくねが入っているこちらも絶品)を先に平らげ、まずは牛すじシチューがかかっているところを一口。おいしいではないか。しかしこの中のライスは・・・と卵の中を見ると、なんと炊き込みごはんだった。何とも言えないこのやさしさの正体は、これか!と思いながら、とろとろの牛すじも口に含むと、ほろりととろける。なんて歯に優しい・・・ではなく、説明書きを見ると、この柔らかさの正体は、日本酒を入れてコトコト煮込んだことによるものだとか。これ単品でもおいしいな、と思いながら、新橋サラリーマンの胃を十分に満たすほどの量を完食。さすがに苦しかったが、満足感でいっぱいだった。

 

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 毎朝重い足取りで職場に向かう人も、夜酔っぱらって家路につく人も、SLはたくさんな人を見守ってきたのだろう。そんな新しくなったSLを一目見るため向かった新橋で、他のアートたちも負けずに存在感を持って人々を見守っていることを知れた、良い一日だった。

 

 ごちそうさまでした。

 

※敬称略