2014.05.09

東アジアの果ての避暑地でモレスキンのトラベラーズ・ジャーナルに書き込むフランス人女性、東京への週末旅行のキャンセル(前編)

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ノート[第1回]

 夏と秋の境界線がせめぎ合いながらも、急激に夏が体力を落とす頃、僕は取材で一週間、その避暑地に滞在する予定だった。多くの観光客は都会の仕事に戻り、町は落ち着きを取り戻し、もちろん土産物屋は閑散としていた。

 急な仕事だったのでクライアントが用意してくれたのは、その町で一番オーセンティックなホテルといわれるところで奥の廊下には歴代の著名人宿泊者の写真が飾られていた。誰が泊まろうが構わないけれど、その写真を宿泊者しか通らないであろう場所に置くということが僕には不愉快だった。

 取材は、毎日1時間程度。その後、ホテルの自室でレコーダーをプレイバックしながら、Power Bookで原稿にしていく。ある種の人間はこういった仕事をクリエイティブと呼ぶかもしれないが、僕にとってはもはや、孤独な流れ作業にすぎない。善きにせよ悪しきにせよ。

 そのフランス人女性を見かけたのは滞在初日だった(もっともこの時はもちろん彼女がフランス人だと知るすべもなかったのだが)。クライアントの透き通るような瞳をもった娘が毎朝、最新型のベージュのルノー・シュペール・サンクで僕をホテルまで迎えにきてくれるのだが、車寄せで、サンクに乗り込もうとした時に、エントランス脇のカフェのテラスから誰かの視線を感じた。夏服の淡い水色のワンピースを着た女だった。モレスキンのトラベラーズ・ジャーナルに彼女は何か書き込んでいたが、視線を感じたのか顔を上げて、僕と目が合った。僕は微笑みかけたけれど、彼女に反応はなかった。ひょっとすると僕の微笑みは彼女にはチェシャ猫の笑いのように見えたのかもしれない。

 それは午前十時四十八分。朝食はとうに終わり、チェックアウト客も去っていった時間。昼食にはまだ時間のある、境界の曖昧な時だ。そして空には夏の最後の光を振り絞る、デブでよろよろの太陽しかいない。

 このようにして僕の避暑地での取材は始まった。(後編へ続く)

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)