2016.10.06

瀬戸内×食×アート ②音を感じる豊島

高松港から朝一番の高速船に乗り約30分。滞在2日目の目的地は、高松港から北へ10キロほどの距離にある豊島だ。島の中央にそびえる檀山(だんやま)からは湧き水が出ており、人々の生活や稲作、酪農を支えている。島内は、西の玄関口である家浦地区、南部の甲生地区、北部の硯地区、そしてもう一つの港がある東部の唐櫃(からと)地区の4エリアで分けられ、それぞれの地区でアート作品を鑑賞することができるのだ。1日で島全体を回りきることは現実的ではないため、今回は豊島美術館のある唐櫃地区を中心に巡ることにした。

 

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山の斜面に沿って広がる棚田は、唐櫃地区を象徴する景観と言っても良いだろう。背景には瀬戸内海があり、まるで絵画のようである。時折、「バン!」という発砲音のような音が聞こえ、もしかすると山の中に熊がいるのでは?と考えてしまったが、これは田んぼにやってくるスズメを追い払うための音であると地元の方が教えてくれた。ちなみに猪はたくさんいるが、熊はいないらしい。

 

まず最初に目指す場所は、檀山の中腹に展示されている「ささやきの森」。フランスを代表するアーティストであるクリスチャン・ボルタンスキーの作品だ。国道を外れて集落の道へ入り、舗装されていない山道を徒歩で進んでいく。地図では「徒歩20分程度」と書かれているが、舗装されている道と山道とでは足取りも変わってくる。一歩一歩、山道を踏みしめながら登る。

 

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森一帯に響き渡る蝉の声や鳥の声をBGMに進んでいくと、やがて目的地が見えてきた。入り口でガイドの方から簡単な説明を受ける。
「森の中に風鈴を飾った作品です。短冊には、大切な人の名前が書かれています」
さらに細い道を進むと、チリン、チリンと澄んだ音が聴こえてきた。風鈴の合奏である。

 

400個もの風鈴がわずかに風に揺れ、控えめながらもまるで森全体が囁いているかのように音を響かせている。
透明な短冊にはそれぞれ大切な誰かの名前が書かれていた。すでにこの世を去った人、一緒に暮している家族、片思いの相手……。鈴の音が鳴るたびに、その人に呼ばれているような気がした。

 

ここを訪れた人は、希望すれば、短冊に大切な人の名前を残すことができるそうだ。作者のボルタンスキーいはく「この作品は終わりのない作品」であり、「人々が大切な人を敬うために訪れる巡礼の地になるかもしれない」そうだ。

 

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クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」 写真:久家靖秀
Christian Boltanski “Les Archives du Coeur” Photo:Kuge Yasuhide

 

豊島には、彼の作品がもう一つある。氏が集めた世界中の人々の心臓音を聞くことができる「心臓音のアーカイブ」である。クリスチャン・ボルタンスキーは2008年より、世界中の人々の心臓音を収集するプロジェクトを始めた。王子ヶ浜の砂浜に面したこの小さな建物が、おそらく世界でただひとつの心臓音を展示した美術館である。
施設内には、ハートルームという真っ暗な部屋が設けられており、部屋中に大音量で鼓動が響く。収集された心臓音がランダムに再生されるハートルームは、入った途端に全身に振動が伝わってくる。あたかもその場所が、心臓そのもののようだ。部屋の中央部、天井から一つだけ電球がぶら下がっており、鼓動に合わせて静かに明滅するのだ。明かりが灯る一瞬だけ、わずかに部屋の中を見ることができる。
また、施設内には、心臓音をパソコンで検索して聴くことができるリスニングルームも設けられている。人の心臓の音を比較して聴く機会など滅多にない。人によって、鼓動の早さも大きさもまるで違うのだと知った。人には個性があり、色々な生き方があるように、色々な心臓の音があるようだ。
ここでも、自分の心臓音を登録し、作品の一部に加えることが可能である。

 
 

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豊島には、「食とアート」をテーマにした「島キッチン」がある。地元の食材をふんだんに使った美味しい料理や飲み物を味わうことができる場所だ。なんと、東京・丸の内ホテルのシェフたちがアドバイザーとして島に通い、島のお母さんたちと一緒にメニューを考案したというのだから驚きだ。
店は建築家である安部良氏が集落の空き家を設計・再生し、今では多くの人々が訪れ、島の食事を楽しむ拠点として賑わっている。
島で採れた新鮮な野菜を使ったキーマカレー。直島の食事と同様、素材の風味を活かした優しい味である。そして、瀬戸内の島は国内有数のオーリーブ生産地。おみやげとしても人気の、オリーブサイダーを飲まずには帰れない。

 

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豊島美術館 写真:鈴木研一
Teshima Art Museum Photo:Ken’ichi Suzuki

 

瀬戸内海を望む唐櫃の小高い丘に建設された豊島美術館は、建築家の西沢立衛氏とアーティストの内藤礼氏によってつくられた唯一の作品である「母型」は、中に入って“体感”する作品だ。
天井部に開いた2つの大きな丸い穴からは柔らかい風が吹き、リボンが揺れる。床のいたるところから少しずつ水が湧き出し、流れ、時間をかけて集まり泉を作る。
床に寝転がる人、生き物のように動く水やリボンの動きをじっと見守る人、靴下を脱ぐ人、中をぐるりと1周して確かめる人。「母型」に取り込まれた人は全身を使い、思い思いのスタイルで作品を感じている。
床に頬をつけてみるとひんやりと冷たく、頭上からは光と風の音、鳥の声が降ってくる。柱が一本も使われていない建築は女性的であり、お母さんのお腹の中のようだ。
棚田と海と山の表情と調和し、それらの音や匂いを一度に感じることができる場所。何時間でもここにいたいと感じるほど、心地良い。

 
 

直島の空間。
豊島の音。
ホームページや雑誌の写真を見ただけでは分からなかった、その土地と深く絡み合ったアート。飛行機と船に乗り数時間かけて出会った作品や場所の数々は、島を離れてからも私の心の奥深くに残った。目を閉じると、ハートルームで聴いた誰かの心臓の音が聴こえてくるような気がする。

 
 
 

おまけ
 

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せっかく香川に来たので、絶対に讃岐うどんを食べなければいけないと決めていた。「うどん県」という愛称で親しまれているだけあり、麺にコシがあって食べ応えがある。

 

取材の翌日、東京のコンビニでおろしうどんを買ってみたが、やはり本場のうどんには敵わなかった。

 
 

ベネッセアートサイト直島
http://benesse-artsite.jp

 

島キッチン
http://www.shimakitchen.com/