2016.10.05

瀬戸内×食×アート ①空間を感じる直島

島には独特の時間が流れている。

 

以前、沖縄の離島に魅せられて、宮古島や波照間島、八重山諸島に何度か足を運んだことがある。自転車で1周できるような島、家や商店がぎゅっと寄せ集まってできた集落、地元の人々の言葉は訛りがあってよく聞き取れない。船は1日に数便しか出航しておらず、最後の1本を逃すと大変なことになる。
そんな貴重な経験ができる小さな島には、日常と切り離された特別な時間が流れているような気がするのだ。

 

ph_seto_01

 

今回訪れたのは、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。瀬戸内の島々は「アートの島」として知られているが、3年に一度行われる芸術祭もあり、日本国内だけでなく海外からも多くの人がこの地にやってくるようだ。瀬戸内の島々への出発地点である高松港の周辺にも巨大な立体作品が展示されており、つい足を止めて見入ってしまった。

 

2日間の取材で、赤いかぼちゃのオブジェが有名な直島(なおしま)と、そのお隣の豊島(てしま)を訪れた。

 

直島のシンボルと言っても過言ではない「赤かぼちゃ」(草間彌生)が視界の中に飛び込んできたのは、フェリーがいよいよ直島の玄関口である宮浦港に到着する時だった。少し離れたところからでも、大きくて真っ赤なかぼちゃはかなり目立つ。フェリーに乗っている人々もかぼちゃを指差し「見えたー!」と歓声をあげていた。桟橋の先端で、この大きなかぼちゃは島に訪れる人を出迎え、船に乗って帰っていく人を見送っているのだろう。どっしりと構えたフォルムは、芸術の島・直島の番人のようだ。

 

実は今回、楽しみにしていたのはアートだけではない。島の独特の食事を楽しむことも目的の一つだ。
港からほど近い場所に、島の料理を味わうことができる「島食DO みやんだ」がある。刺身定食に焼き魚定食、煮魚定食……島でとれた旬の魚と、カメノテみそ汁が食べられることで話題の食堂だ。
迷った末、あじの焼き魚定食を注文。全体的に味付けは濃くなく、素材の風味を活かした料理のようだ。そして、気になる「カメノテみそ汁」……どうやら本物の亀の手ではなく貝の仲間のようだ。この地域では、茹でて汁物の出汁をとるらしい。みそ汁からは磯の良い香りが立ちのぼる。

 

ph_seto_04

 

直島に上陸して驚いたことがある。それは、坂道が多いことだ。鎧山、地蔵山、姫泊山など島内にはいくつも山があり、アート作品を見てまわる際は、やまあいの道を移動する必要がある。路線バスも走っているが、今回は時間を気にせず移動できる自転車を移動手段として選び、ひたすら坂をのぼった。

 

ph_na-108

家プロジェクト「角屋」 宮島達男"Sea of Time ’98" 写真:鈴木研一
Art House Project “Kadoya” Tatsuo Miyajima"Sea of Time ’98" Photo: Ken’ichi Suzuki

 

直島の東部に位置する本村地区には、昔ながらの家々が並ぶ集落があった。黒い焼き板と瓦屋根を使って造られた家屋は、鎌倉とも京都とも違う、独特の風情を感じさせる。
「家プロジェクト」は、この地域の空間そのものを舞台にして展示されているアート作品である。アーティストたちが古い家屋を改修し、地域に溶け込ませるようにして作品が点在する。現在、7軒の「家」を鑑賞することができる。

 

宮島達男の作品である「角屋」は、築およそ200年の家屋を改修して作られた。真っ暗な室内は一面のプール。水面には様々なスピードで動くデジタルカウンターが浮いている。数字は何をカウントしているのだろうか。暗闇の中で無数の数字を眺めていると、宇宙に放り出されたような感覚になる。プールに落ちてしまわないように注意が必要だ。
その他にも、かつて島の若者たちが集って碁を楽しんでいた場所にちなんだ「碁会所」(須田悦弘)、長い階段を登り、海の見える小高い場所に存在する「護王神社」(杉本博司)、かつて歯医者兼住居だった建物を作品にした「はいしゃ」(大竹伸朗)などを自由に歩いて見て回ることができる。(鑑賞の際は「きんざ」のみ要予約)
家と家の間からは時折、海が顔を覗かせ、波の音が聞こえてくる。本村地区は、地域と家と現代のアートが混ざり合い、今と昔が交錯する不思議な場所だ。

 

ph_nc-001

地中美術館 写真:藤塚光政
Chichu Art Museum Photo:FUJITSUKA Mitsumasa

 

最後の目的地は地中美術館。ここは、建物全体が地中にあるちょっと変わった造りの美術館である。館内では3人のアーティスト、クロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの作品を鑑賞することができる。そして、美術館そのものが建築家・安藤忠雄による作品と捉えて良いだろう。この場合、鑑賞というよりも「体験」できると表現したほうが適切かもしれない。三角形や四角形の地中空間には、同じ形に切り取られた空から自然の光が差し込む造りになっている。
館内には、それぞれの作家の個性ある絵画や彫刻作品が展示されているが、すべての作品において、光が重要な役割を果たしている。ほとんど光が差し込まない雨の日や夕暮れ時には、これらの作品はおそらく違った表情を見せるのだろう。

 

ph_seto_03

 

目的のアート作品を見てまわり、港の近くまで下りてきた頃、道端でガイドには載っていない作品に出会った。
「よかったら私の作品を見て行ってください!」
自転車に乗っている私を呼び止めたのは、70代くらいの男性だった。なんと、40年近くも直島の風景を描き続けている画家の方だった。直島町墨彩画同好会の初代会長であり、家の塀の前に絵画作品を展示し、通りかかる人が自由に鑑賞できるようにしているようだ。
横並びに何枚も展示された彼の作品には、約40年間の島の姿が描かれていた。

 

アートが地域に溶け込み、自然と人と歴史が調和した新しい作品を生み出している直島。空間そのものが作品の一部であるようにも感じた。訪れる季節や時間帯によって作品の見え方が変わるところも、瀬戸内アートの魅力の一つではないだろうか。

 
 

ベネッセアートサイト直島
http://benesse-artsite.jp