- 2016.05.31
京都×ねむり・2日目
京の暗闇が見せる夢
昨日はどんな夢を見たか?
と聞かれても、私は思い出せないことが多い。夢の中で感じた「怖かった」「楽しかった」といった感覚は何となく覚えていても、どこで、誰と、どんなことをしたのかまでは覚えていない。頭が現実にシフトするに従い、夢の感覚はどんどん薄まり、やがて忘れてしまう。
京都で迎えた朝、私は眠気と闘いながら布団から脱出した。チンパンジーの快適な眠りについて学んだとは言え、すぐに実生活に応用していくのはなかなか難しい。快眠は今後の課題にしようと思う。
2日目の目的地も昨日と同じ京都大学の『ねむり展』である。
今回のテーマは“夢”。
国際日本文化研究センターの所長であり、民俗学者の小松和彦氏と、武庫川女子大学教授であり睡眠文化研究会理事でもある藤本憲一氏による「睡眠文化対談『京の夢文化と魔の時間』」を拝聴すべく、再び京都大学に向かう。
真の暗闇が育む“夢文化”
夢という概念は、古来より存在する。平安時代の絵巻物の中で、人々が神様の前にて何やらお祈りをしている様子が描かれている。実はこれは、お祈りをしているのではなく、「夢をいただいている」のだそうだ。
小松先生いはく、この時代に生きる人たちにとって夢は神様から「いただくもの」であったということだ。神様から夢をいただくことは非常に有難いことであり、それは人々にとって未来を示唆するお告げだった。そのため、良い夢を見るために必死の努力をした人もいたそうだ。
現代を生きる私は「夢をもらう」という考え方をほとんどしないと思う。神様から夢をもらい、一喜一憂し、家族や友人と語り合う。当時の人々にとって、夢は現実と対を為すもうひとつの世界であり、現代よりも重要視されていたようだ。
「京都は闇の文化の総本山」という小松先生の言葉が非常に印象的だ。大都市の夜を想像すると分りやすいが、現代の夜は明るい。繁華街は一晩中ネオンが光っているし、家の中であっても屋外の暗さに関係なく明るさを保つことができる。しかし、平安時代はどうだろう。電気のない時代、ろうそくなどの灯りはあっても、夜の闇は否応なしに人間の社会を包んだに違いない。明るさを自由に操ることができる現代でも、予告なしに停電に見舞われることがある。その時、自分ではどうしようもない闇を体験する。その感覚に近いだろうか。想像することしかできないが、昔の日本は、闇が絶対的な力で私たちを支配していたようだ。昼と夜が移り変わる時間を「逢魔時(おうまがとき)」と呼んで恐れていたことからも、人々が夜の暗闇に対して畏怖の念を抱いていたことが分かる。夜は暗く、人知を超えたものに遭遇する時間なのだ。目に見えないものは怖い。
「京都大学を舞台にした『鴨川ホルモー』という映画があることをご存知でしょうか」
藤本先生の口から唐突に『鴨川ホルモー』の名前が出たので驚いた。
実は京都を訪れる数週間前に、私は偶然にも『鴨川ホルモー』というB級映画を観たのだ。B級と言ってしまい申し訳ないのだが、ネット上でも「これぞB級邦画の代表作」といった売り文句で宣伝されているので、問題ないだろう。
『鴨川ホルモー』の舞台は、他でもない京都大学。山田孝之演じる京大生の主人公が怪しいサークルに勧誘され、「おに」と呼ばれる式神を使って試合を行う青春ファンタジーだ。
藤本先生いはく、このストーリーの背景には、京都の夢文化が大きく影響しているとのこと。かつて存在した真っ暗な京都の夜は、目に見えないものを想像し、恐れ、「幽霊」や「妖怪」といった存在を絵や文章として残す文化を育んだ。『鴨川ホルモー』に登場する式神はコミカルな姿で現代風に描かれているが、これは平安時代の人々が夜の闇の中で思い描いた「夢の世界の存在」なのだ。
「将来の夢」「夢と希望」といったようにポジティブなワードとして用いられる夢。カラフルな色を連想させる明るい言葉だが、お二人の対談を聞いた後には、日本の夢文化が夜の漆黒から生まれてくるところを想像した。
共に眠る
時は平安時代から平成へ。
「雑魚寝、川の字という言葉を知っていますか?」
対談の中では、眠り方の変化に関する話題も出た。真っ暗闇を体験できる場所は、今の日本にどれくらい残っているのだろうか。西洋文化の流入と同時に、スタイルも大きく変化したようだ。
昔は、和室で家族が川の字になって眠ることが当たり前だった。現代では、子どもは自分の部屋で眠り、夫婦別寝を選択する人々もいる。共有することが当たり前だった眠りが、個人のものに変わりつつある。そして、良い夢を神様にもらいに行くこともなければ、周囲の人と語り合って共有することもなくなってしまった。睡眠を通して連体感を持つことができた時代からすると、現代では、人々の眠りには隔たりがあると言える。
日没の暗さを恐れる必要がなくなった今、眠りの場を、そして夢を必ずしも誰かと共有する必要性がなくなってしまったのかもしれない。
しかし、博物館のミュージアムショップにて興味深い睡眠グッズを見つけた。Hugvie(ハグビー)という名前の抱き枕である。人型になっていて、頭の部分には携帯電話など音声通信機器を入れるためのホルダーがついている。抱っこすることで、遠距離恋愛中の恋人や単身赴任で遠くにいるパパの声を聞きながら眠ることができる。共に眠るという昔ながらの睡眠文化を、新しい形で現代に実現させる次世代型抱き枕である。
「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」
という小野小町の和歌がある。
「せっかく夢に好きな人が出てきたのに、目を覚ましてしまい悔しい!」という恋心を表した古今集の作品である。この他にも、夢を題材にした恋の歌は数多く存在する。誰かの夢の中に出掛けて行ったり、自分の夢に好きな人が現れたり。たとえ離れていても愛しい人と眠りの世界を共有したい気持ちは、昔も今も変わらず存在するようだ。
現実と夢を繋ぐ漫画
京都国際マンガミュージアムでは『ねむり展』の開催に合わせ、関連書籍を集めた特集棚『水木しげるの<ねぼけマンガ>』を展開中である。
妖怪を描く漫画家の代表と言えば「ゲゲゲの鬼太郎」の作者・水木しげる先生だ。目に見えない者たちの姿を表現し続けた水木先生は、作品の中でも睡眠を非常に大切に考えていたらしい。水木先生の「幸福の七ヵ条」の中には「怠け者になりなさい」という言葉がある。そんな水木先生の書棚が設置され、自伝マンガをはじめ、眠りが重要なモチーフとなっている水木マンガが並べられている。
写真提供:京都国際マンガミュージアム
また、同ミュージアムでは、ねむり展開催に伴い『昼寝しながら読書』という催しが行われている。敷地内の芝生の広場で寝転がりながら読書ができるというものだ。心地よい眠りを追求するために、ハンモックや大きなソファが用意されているという、まさに“夢のような”イベントだ。天気の良い土日、祝日の午後のみ開催されるため、昼寝をしながら読書ができるかは運次第。芝生以外にも、館内の至るところには読書スポットが設けられており、友達と一緒にくつろぎながら漫画を読む人の姿が見られた。
写真提供:京都国際マンガミュージアム
現代社会の中で慌ただしく生きる私たちは、眠り、そして夢の世界を二の次に考えがちだ。実体のあるものばかり重要視してしまうが、眠りによって訪れるもう一つの世界を想像することで、より豊かに生きることができる。
漫画もまた、夢文化とは無関係ではないだろう。暗闇で眠る人々が見た夢は、「ファンタジー」と呼ばれる作品の原点になっているのではないだろうか。ゲゲゲの鬼太郎たちも「現実ではない世界」の出身者である。漫画作品は現実から夢の世界への橋渡し役とも言える。
心地良く眠り、夢を見ること。
日頃当たり前すぎて考えていなかった「眠り」というテーマに向き合う2日間となった。
京都で生産されているのは八つ橋だけではない。京都大学の木陰で、鴨川の流域で、貴族が眠る帳の中で。この土地では、千年以上前からひそやかに夢文化が紡がれ、世界に発信されていたようだ。
次に京都を訪れた時には、鴨川の河川敷で昼寝を嗜んでみたいものだ。
文:佐藤 愛美 / 写真:西東 十一
「ねむり展 眠れるものの文化誌」
会場:京都大学総合博物館
京都市左京区吉田本町(京阪電車・出町柳駅下車 徒歩15分)
期間:2016年4月6日(水)〜6月26日(日)
9時30分〜16時30分(入場は16時まで)
休館日:月曜日・火曜日(平日・祝日に関わらず)/ 6月18日(創立記念日)
入館料:一般400円/高校生・大学生300円/小学生・中学生200円
http://sleepculture.net/nemuriten.html
<関連イベント>
「昼寝しながら読書」
期間:2016年4月9日(土)〜6月26日(日)
土日・祝日の午後、晴天時のみ開催
「特集棚 水木しげるの<ねぼけマンガ>」
期間:2016年5月7日(土)〜7月31日(日)
会場:京都国際マンガミュージアム
京都市中京区烏丸通御池上ル
(京都市営地下鉄・烏丸線/東西線 烏丸御池駅下車 徒歩2分)
開館時間:10時〜18時(入場は17時30分まで)
休館日:水曜日、6月7日〜9日、(ただし、7月14〜9月6日までは無休期間)
入場料:大人800円/中学生・高校生300円/小学生100円
http://www.kyotomm.jp/guide/
「人類進化ベッド製作者 座馬耕一郎氏・岩田有史氏 対談&サイン会」
日時:6月18日(土)16時30分〜
会場:丸善 京都本店
京都府京都市中京区河原町通三条下ル山崎町251 京都BAL 地下2階
定員:先着30名
整理券は、座馬耕一郎氏のポプラ社「チンパンジーは365日ベッドを作る」、岩田有史氏のすばる舎「なぜ一流の人はみな「眠り」にこだわるのか?」のいずれかの書籍を購入した方に配布。
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