2016.05.30

京都×ねむり・1日目

日本でいちばん快適な眠りを求めて

 

 

京都で眠ろう。
非常にキャッチーな文言である。清水寺や金閣寺、銀閣寺、嵐山……観光名所として名高いスポットが数多く存在する京都で、なぜ自宅でもできる「眠り」を勧めるのだろうか。
その謎を明らかにするために、私は新幹線に乗って京都を目指す。

 
img_menuri_1_01
 

「京都で眠ろう」という強烈なキャッチフレーズを掲げているのは、今年の4月から京都大学総合博物館にて開催されている『ねむり展 眠れるものの文化誌』という展示である。
京都大学本部構内の北西部に位置する総合博物館には、大学が100年以上に渡って収集してきた学術標本資料が260万点も収蔵・展示されている。常設展の他にも、企画展が年に何回か開催されている。
今回は博物館の展示と連動して、様々な「ねむり」にまつわるイベントが京都中で企画されているのだから、眠ることが好きな人だったらきっと関心を持つだろう。そもそも、眠ることが嫌いな人には今まで会ったことがない。無論私も、眠ることが大好きな一人である。

 
img_menuri_1_02
 

目的地の京都大学に到着すると、天気の良い週末だからなのか、キャンパスの各所で昼寝をしている大学生の姿が目に入る。私の出身大学も自然に囲まれた環境の良いところだったが、果たしてこんなに昼寝をしている学生はいただろうか……。やはり京都には、睡眠にまつわる秘密が隠されているのかもしれない。

 
img_menuri_1_03
 

チンパンジーから学ぶ最高のねむり
 
展示の会期中には様々なセミナーやシンポジウムが行われており、各分野の専門家たちから様々な視点による「ねむり」の話を聴くことができる。
5月14日に開催された、座馬耕一郎先生によるチンパンジーにまつわるギャラリートークとワークショップを拝聴させてもらった。一見、チンパンジーと眠りには何の関係もないように思えるが、実はチンパンジーの睡眠には驚くべき秘密が隠されている。

 
img_menuri_1_04
 

京都大学アフリカ地域研究資料センターの座馬先生は、チンパンジーの生態を研究する専門家。特にチンパンジーの眠りに関する見識は広く、著書には『チンパンジーは365日ベッドを作る 眠りの人類進化論』(ポプラ社)がある。
著書のタイトルどおり、チンパンジーはなんと、1年中1日もかかさずベッドを作って眠る生き物なのだそうだ。他のチンパンジーが使い古したベッドは使わず、必ず毎日寝る前に自分専用の新しいベッドを作る。木の枝葉を器用に編んで、耐久性の高い寝床を10分程度で完成させるのだそうだ。一生のうちに作るベッドはおよそ1万個。まさに彼らは野生のベッド職人なのである。“布団敷きっぱなし”をよくやる私としては、もうその時点でチンパンジーに負けた。

 

チンパンジーのベッドは寝心地も最高!座馬先生自らが、実際にチンパンジーのベッドに寝転んだ写真を見せていただいたが、なかなか気持ちが良さそうだった。しかし、地上5m~10mの場所に寝床を作るとあって、人間が試すにはかなりハードルが高い。寝返りをうったら最後、朝を迎えることができないかもしれない。

 

ギャラリートークのあと、人間向けに“地上で”チンパンジーのベッドを作るワークショップが開催された。指導者はもちろん座馬先生。開催前にベッド作りの手本を見せてくれるも、なかなか簡単には作れない。

 
img_menuri_1_05
 

「チンパンジーのようには上手くいきません。ぼくも初めて彼らのベッドを真似て作った時は、ひどいものができましたよ(笑)」と先生。
ここでは柔らかい笹の葉を使ってベッド作りが行われたが、実際のチンパンジーはたくさんの葉と曲げやすい枝のベッド作りの材料として使うそうだ。

 
img_menuri_1_06
 

そして、日本の木を使いチンパンジーのベッドを再現したものがこちら。大人1人、足を伸ばして眠れるくらいのサイズだ。
私も実際に寝てみたが、感想は「予想以上に眠れる」ということ。京都に来るために朝5時に起きた私は、このままチンパンジーのベッドで眠りたくなってしまった。
「折る」「切る」「曲げる」という3つの方法で作られたワイルドなベッドは、見た目よりもはるかに柔らかく、弾力がある。周囲に厚みがあり適度な凹凸が枕のようで快適だ。そして、新鮮な木々の香りを嗅ぎながら眠ることができる。木の上で風に揺すられながら眠ることができたら、きっと気持ちが良いに違いない。もしかするとチンパンジーが作るベッドは、私たちが普段使っているベッドよりも快適なのではないだろうか。

 

 

眠りにおける知恵と工夫

 

チンパンジーが作る魅惑のベッドを応用した寝具が登場した。その名も『人類進化型ベッド』。座馬先生を筆頭に、京都の老舗寝具店イワタさん、ねむり展の空間設計も担当した東南西北デザイン研究所の石川新一さんたちが開発に参加。そしてついに出来上がったものが、今回の『ねむり展』で初公開となった。中央が窪んでいるところや、脚部が揺れるように作られているところなど、チンパンジーのベッドの機能がそのまま活かされている。

 
img_menuri_1_07
 

チンパンジーが作るベッドから、私たちは快眠のヒントを得ることができる。
揺れること。
凹凸があること。
木々の匂いや風の音も、チンパンジーにとっては快眠の必要条件なのかもしれない。
人間はよく電車移動中に睡魔に抗えず眠ってしまう。単調な揺れと音のリズムによって、ウトウトと眠りの世界へ誘われてしまう。

 

会場では、睡眠に関係のある様々な道具が展示されていた。睡眠の基本であるベッドも、時代や地域によってその形状が異なる。そして、赤ちゃんを寝かせるための寝具にも注目したい。ゆりかごと呼ばれるその名の通り、ゆらゆらと揺れる造りのものが多い。やはり、一定のリズムによる“揺れ”は、快適な睡眠には欠かせないようだ。

 
img_menuri_1_08
 

枕や目覚まし時計、パジャマなどといったものも文化という観点から展示・紹介されている。もともと人間は自分の腕や身の回りにあるものを引き寄せて頭の下に置いて眠っていたそうだが、より快適な睡眠を求めて枕という道具が誕生した。地域の風土によって、様々な素材、形のものが見られるのだから面白い。もっと心地良く眠りたい!という思いは万国共通のようだ。

 

これまであまり「快眠」の工夫をしてこなかった私は、歴史の中で築き上げた眠りの文化を目の当たりにし、衝撃を受けた。さらに人間だけでなく、チンパンジーも安眠の知恵を持っていたのだ。自分にとって心地よい眠りとは何か、さっそく考えてみようと思う。

 
img_menuri_1_09
 

2000年の歴史が磨いたねむりの都

 

京都大学を後にして、せっかくなので鴨川沿いの通りを歩いてみた。
釣りをしている人や、水遊びを楽しむ子どもたち。鴨川はの人たちの生活に、ごく自然に溶け込んでいるのだろう。観光で来ると、有名な寺社仏閣や美味しいお店にばかり目が行きがちだが、この日の鴨川の長閑な風景に、新たな京都の魅力に気づくことができた。

 
img_nemuri_1_10
 

さらに北上する。二又に分かれる鴨川と高野川に挟まれるように位置するのは、世界遺産にも登録されている賀茂御祖神社(通称・下鴨神社)だ。参道は縄文時代から生き続けている糺ノ森に囲われ、背の高い落葉樹が訪れる人たちを包み込む。森溶け込み厳かに人々を見守っているような佇まいだ。

 
img_nemuri_1_11
 

耳を澄ますと、木々の葉擦れの音が聞こえてくる。ふと、ワークショップで見たチンパンジーのベッドを思い出す。木々の匂いや葉擦れの音。チンパンジーはこんな深い緑に囲まれながら、月明かりの下で眠るのかもしれない。
長い長い時間を経てきたものには、不思議な安心感がある。糺ノ森に鴨川、そして京都大学のキャンパス。ここは、悠久の時間によって磨かれた、日本で最も快眠できる場所なのかもしれない。「京都で眠ろう」というキャッチフレーズが、自分の中でストンと腑に落ちた。

 
img_nemuri_1_12
 

さて、快適な眠りのためには、お腹を満たすことも重要だ。
食文化もまた、古都・京都の魅力のひとつ。夕飯には、地産の食材がふんだんに使われたおばんざいをいただく。美味しいお肉の鍋料理も絶品だった。

 
img_nemuri_1_13
 

お腹がいっぱいになると、大人も子どもも眠くなる。帰ったホテルのベッドで、チンパンジーや京都の自然から学んだ「快眠の秘訣」を思い返しながら、いつの間にか眠ってしまった。
睡魔。どうして眠りは古くから「魔」と呼ばれていたのだろう?

 

京都で眠りを探す旅、1日目はこれでおしまい。

 
文:佐藤 愛美 / 写真:西東 十一
 

 
img_ねむり展
 

「ねむり展 眠れるものの文化誌」
会場:京都大学総合博物館
   京都市左京区吉田本町(京阪電車・出町柳駅下車 徒歩15分)
期間:2016年4月6日(水)~6月26日(日)
   9時30分~16時30分(入場は16時まで)
休館日:月曜日・火曜日(平日・祝日に関わらず)/ 6月18日(創立記念日)
入館料:一般400円/高校生・大学生300円/小学生・中学生200円
http://sleepculture.net/nemuriten.html

 

<関連イベント>

 

「昼寝しながら読書」
期間:2016年4月9日(土)~6月26日(日)
   土日・祝日の午後、晴天時のみ開催

 

「特集棚 水木しげるの<ねぼけマンガ>」
期間:2016年5月7日(土)~7月31日(日)
会場:京都国際マンガミュージアム
   京都市中京区烏丸通御池上ル
  (京都市営地下鉄・烏丸線/東西線 烏丸御池駅下車 徒歩2分)
開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
休館日:水曜日、6月7日~9日、(ただし、7月14~9月6日までは無休期間)
入場料:大人800円/中学生・高校生300円/小学生100円
http://www.kyotomm.jp/guide/

 

「人類進化ベッド製作者 座馬耕一郎氏・岩田有史氏 対談&サイン会」
日時:6月18日(土)16時30分~
会場:丸善 京都本店
   京都府京都市中京区河原町通三条下ル山崎町251 京都BAL 地下2階
定員:先着30名
整理券は、座馬耕一郎氏のポプラ社「チンパンジーは365日ベッドを作る」、岩田有史氏のすばる舎「なぜ一流の人はみな「眠り」にこだわるのか?」のいずれかの書籍を購入した方に配布。