2014.11.28

膝が折れる町、馬車の代わりのハイブリット車、「グリーンハウス」のウェイトレス、 軽井沢・紀ノ国屋の頃

レター[第4回]

 

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埼玉県の朝霞市に膝折町がある。特にこれといった特徴のない町だ。ベッドタウンというほど都心から離れているわけではないが、かといって交通至便というわけでもない。
高校時代にそこには何度も通った。友だちがそこで一人暮らしをしていたのだ。

 

膝が折れる町という名前がすごく印象的で、今となっては駅から彼の家に続く一本道が坂だったような、そうでなかったような。まあ少なくとも膝が折れるような坂ではなかったのは確かだ。駅前に「グリーンハウス」という喫茶店があって、僕らはよくそこで下らない話題を真剣に語りあっていた。

 

例えば、「二十一世紀初頭には石油が枯渇すると言われているけれど、そうすると馬車が復活するのか? ポルシェも馬車を開発するのか? それはやはりスポーツホースと言うものなのか」といった話だ。もちろんご存じのようにガソリンは枯渇はしなかったものの、価格が際限なく高騰して、馬車の代わりにハイブリット車が登場したわけだが。

 

「グリーンハウス」のウェイトレスは涼しい目をした女性だった。高校生の僕らよりはずいぶんと年上、そう20代半ばだったのだろう。僕らは、彼女が美しすぎて注文以外は彼女と言葉を交わすことはおろか、目を見ることさえできなかった。

 

一人暮らしをしていた友人は、京都の大学に合格して、膝折町から去っていった。だから僕も「グリーンハウス」に行くこともなくなっていった。

 

それから数年後、大学最後の夏休みに、僕は当時のガールフレンドと軽井沢へ旅行をした。貸別荘に10日ほど滞在して、買い物は旧軽のロータリーのそばにあった紀ノ国屋までクルマで出かけて、ワインやチーズを買い込んだりしていた。そんなある日、僕は紀ノ国屋の文房具屋売り場で淡いブルーの夏服のワンピースを着た「グリーンハウス」の彼女を見かけた。年配の男性と一緒だったが、顔立ちや風情がどこかしら似ていたので、父親なのだろう。

 

彼女はアイボリーの上品なレターセットを手にとり吟味していた。そして決心してそれをカゴに入れて、父親に微笑みながら何か一言、言ってキャッシャーに向かった。そのカゴには、大きな肉の塊と1ガロンのオレンジジュースとレタスが入っていた。僕はもちろん彼女に声もかけることなく、恋人と買い物を終えて、店を出た。その時、僕はその年、始めて秋の気配を感じた。

 

彼女は誰に手紙を書いたのだろうか。埼玉にいる恋人だろうか。それともただの女友だちだったのだろうか。今の時代ならスマートフォンでメールするだけの話しだ。もちろん、僕はあの頃はよかったなどと思うわけではない。これはただの郷愁に過ぎないんだ。

 

時々、二子玉川にある文房具屋を覗く。そこで、上品なアイボリーのレターセットを見かける度に、僕は「グリーンハウス」の彼女を思い出す。

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)
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