- 2016.12.01
トカトントン
やすこな本棚 第十回
何かを始める時、立派な理想を掲げる人とそうでない人がいるのはしょうがないことかもしれない。しかしそれを頓挫するとき、立派な理由が備わっていることは少ないのではないだろうか。もちろん悩んで悩んで諦める人もいるだろうが、パっとした思いつきだけで描いた未来を放り投げる人も当然ながらいるのだ。
太宰治の短編小説「トカトントン」では、頓挫の瞬間が色濃く描かれている。「私」が何かを始めようとすると、どこからともなく金槌でたたくような「トカトントン」という音が聞こえてくるのだ。その音を聞くと、スッとやる気が失せてしまうという。
たとえばお気に入りの音楽が聞こえてくると心が晴れやかになったり、気分が高揚したりといった経験は誰にでもあるだろう。やる気が出る音楽をかけて仕事をするとはかどる人もいるし、リラックスできる音楽を聞くと自然と眠れるという人も珍しくはない。
話は戻るが、挫折を経験したことがあるだろうか。挫折には悔しさが付きまとい、それはいつまでたっても自分の心の片隅に居を構え続ける。何かの拍子に思い出してもそのことを語れるようになるのは、きっと何年も何十年も経ってからなのだ。
「私」がトカトントンの音で何かをやめることは「挫折」ではない。新しい世界の扉を開けることなく、自分でノックした音に恐れて去ってしまう、あるいはその音が反響してとても大きなものに聞こえてしまっているのだろうと思う。
私自身にとって「トカトントン」は何なのだろうか。誰かの怒声だったり、ひどいものを見る目だったり、今までだけでも何かを思っただけで行動に移せず、やめてしまったことは少なくはなかったのだ。あの時もう少し頑張っていれば、踏ん張っていればと思うことも多々あるし、それすら思わないことも思い出さないだけで、実は多いのだろう。そしてきっと、あなたにも「トカトントン」がどこかで聞こえているはずだ。それは「ドカドンドン」かもしれないし、「カンカンカン」かもしれない。人の数だけ違った響きの「トカトントン」があったら、それはそれで面白く思う。
最後にちょっと腑に落ちる展開もあるので、ぜひ手に取ってみてほしい。煮込み過ぎて味が濃くなっているのに、なぜか最後にミントのような爽快感がある1冊です。ごちそうさまでした。
参考文献
「トカトントン」
太宰治 著
新潮文庫「ヴィヨンの妻」より
昭和25年12月20日発行
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