2016.11.01

ほくろの手紙

やすこな本棚 第九回

 
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 ふとした拍子にどこかに触れて、違和感を持ったことはないだろうか。例えば顔にできたニキビや毛穴、あるいはうっすらと血が残る切り傷。これらは無意識のうちに私たちの体に発生し、その存在を主張し始めているように思える。そしてその無言の訴えを聞いたかのように、私たちは触れることで存在を把握する。なかにはそれらが気になってしまい、癖のようにさわりいじり続ける人も珍しくはない。

 

 一時的なものならまだ良いが、それが一生付き合わなければいけないもの、例えば黒子であればどうだろうか。体にポツンとできてしまった黒子は、場所や大きさによって人に与える印象が違う。顔にできた小さな黒子が女性を艶やかに魅せるように、あるいは大きな黒子をいじる仕草が、人をみじめにさせるように。

 

「ほくろの手紙」は、その題名の通り、黒子を題材にした短編小説である。右肩の方の首の付け根にある大きな黒子を、どうしても左手で触ってしまう「小夜子」、それを倦厭する夫。小夜子が黒子を触る癖をどうしてもやめられないことで崩れていく夫婦関係という構図は、リアリティが無いようで実はいつの世も共通しているもののような気もする。ここではきっかけとなったのが黒子であっただけ、トリガーはどんなものもなり得るのだ。

 

 思春期の頃、ニキビを触りすぎて注意されたことはないだろうか。「触っていると大きくなるよ」もしくは「治りにくくなるよ」でも、一度は言われたことがある人は多いはずだ。しかしいつかは治っていくニキビと違って、黒子は触ることで大きくなることもないが、放っておけば無くなるものでもない。したがって、ニキビを触る癖は一時的で済むが、黒子を触る癖は一生続く可能性があるともいえる。

 

 一方で、「触る」という行為は、癖になりやすい行為でもある気がする。ふかふかの毛布や着心地の良い洋服、陶器の滑らかな手触り、本をめくるときの紙の質感。当たり前のように感じている触感に、実は魅了されている人も少なくはないだろう。そしてそれがどんどん癖となり、なじられようと暴力を振るわれようと、小夜子のようにやめられなくなっていくことは珍しくはないのだ。

 
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 触ることは存在を確かめる手段でもあるのだから、存在に触れることで安心感を得ることもできる。それが当たり前にあるものであればあるほど、安心感は募るようにも思う。反対に、普段はないものに触れることで、興奮状態に陥ることも多々ある気がする。「触れる」ということは、それだけ私たちの精神に与える影響が大きいのかもしれない。

 

 口に入れた瞬間は濃かったのに、なぜか最後はすっきりとした後味が楽しめる1冊です。ごちそうさまでした。

 
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参考文献
「ほくろの手紙」
川端康成 著
新潮文庫 「愛する人達」より
昭和26年10月15日 発行

 

 

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