2016.03.01

春琴抄

やすこな本棚 第一回目

 
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 高校、大学とがむしゃらに本を読み漁ったが、それでも内容を細かに覚えているものはごく少数である。そんな経験も含めて、毎回五感を感じさせる一冊を取り上げていく連載コラム「やすこな本棚」。第一回目は「視覚」を連想させる「春琴抄」をお届けしたいと思う。

 

 中学生のころ、私は視力が低下してきたため水色の眼鏡を買ってもらった。初めての眼鏡は、これまでぼやけていた世界をより鮮明に映し出してくれて、新鮮な感動を感じたことを今でも覚えている。

 

 谷崎純一郎の描く「春琴抄」に登場する春琴こと鵙屋琴は、後天性で失明した女性である。裕福な家に生まれ、不自由なく育てられた春琴は、失明だけでなくその美しい顔にも遺る火傷を負うなど、波乱に満ちた生涯を送ったのである。

 

 春琴はその性格の荒さから、失明や火傷に至る恨みを買うこととなる。現代もいろいろな犯罪が蔓延っているが、それでも一生に2度までも恨みを買うような女性はあまりいないのではないだろうか。

 

 しかし春琴が失明したことで、春琴の見た目は、より完成度を増した。作中にも、「聾者は愚人のように見え、盲人は賢者のように見える」とあるが、もともと容姿が抜きんでて優れていた春琴は、失明することでより一層人々の関心を惹きつけて止まなかったのかもしれない。

 
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 ところで人は視覚情報にどれだけ左右されているのかご存知だろうか。一説では、人が視覚から得る情報量は、およそ8割以上ともいわれていて、嗅覚や聴覚などと比べて圧倒的な情報量を誇っているそうだ。

 

 そんな視覚からの情報を得られていない春琴だが、その傍で生涯にわたって世話をしたのが温井佐助と呼ばれる男性だった。佐助は春琴のことを盲目的に敬し、甲斐甲斐しく世話を焼く。

 

 そんな佐助も春琴のけがの後、火傷が残った顔を佐助に見られたくないという春琴への想いから自身の目に針を刺すことで盲目への道を選ぶ。五感のうち、最も情報量が多いものを自ら手放すことは、並大抵の覚悟ではできないだろう。視覚に頼ることは生活にほとんどであるし、それなしでは今まで通りの生活はできない。

 

 盲目的とはまさに佐助のこの春琴への想いのことを指すのかもしれない。いくら思いが強くても、相手のために視覚を捨てられる人は、そうはいない。

 

 視力の低下で悩んでいる方は多いかと思う。今までは見えていたものがどんどん見えなくなっていくことは、恐怖に思うことでもあるだろう。一方で、歳を重ねていくと、老眼が進むこともある。私はまだ経験はないが、老眼を寂しく思う方も少なくはないようだ。

 

 しかしそれは元々は備わっているものが、徐々に失われていくことに恐怖心を抱いているのである。春琴のように、急に視覚を失うことでも、佐助のように自身で奪うことでも、どちらでもない。

 

 どの状態が一番つらいのかはわからないが、一つわかることがある。視覚のように普段から当たり前にあるものだからこそ、失いそうになってはじめてありがたみがわかるのだ。そういうものは、きっと視覚だけではない。

 

 味わい深い一冊でした、ごちそうさまでした。

 
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参考文献
「春琴抄」
谷崎潤一郎 著
新潮文庫
昭和26年1月31日発行

 

 

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