2015.02.20

予め知らされる物語の終焉(前編)

コンパス[第3回]

 

私はジャズが好きだ。ここにふたつの物語がある。

 

あるバンドの人気はピークを過ぎ、メンバーの間にも軋轢のようなものが生じ始めて、もう長かった。事実上バンドは解散状態だ。けれどレコード会社との契約上、もう1枚オリジナル・アルバムをレコーディングする必要があった。そして彼らはスタジオに入りレコーディングを開始した。誰も何もそれについて話さなかったけれど、これが最後のアルバムになることは全員がわかっていた。

 

もうひとつ別のバンドの話。そのバンドの人気はまだまだあったし、メンバーもいろいろな意味で成熟期を迎えようとしていた。彼らは前年、素晴らしいオリジナル・アルバムを完成させて、その翌春からツアーに入る予定だった。

 

けれどそれは実現しなかった。というのもバンドのドラマーが酩酊状態でベッドで眠り、自身の嘔吐物で窒息してしまったからだ。結果的に前年のアルバムが最後の作品となった。

 

このふたつの物語について、時々、ふと思いを馳せる。
どちらのバンドのメンバーが幸せだろうかということを。
もちろん亡くなったドラマーは別だ。

 

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私はやはり後者のメンバーではないかと思う。

 

人生は変わり続ける旅だし、
ある意味においては壊れていく過程であり、
生まれ続ける瞬間の連続でもある。

 

だから予め知らされる物語、それはバンドであれ、愛であれ、夢であれ、家族であれ残酷ではないだろうか。

 

「結果的に、あれが最後だった」と思えることが、幸せとは言わないが少なくとも気持ちの整理がつけやすいだろうと私は考える。

 

私たちは決して羅針盤を持って旅をしているわけではないし、
サークルオブライフを描くのにコンパスを必要とするわけでもないのだ。

 

しかし、もちろん人生はいつも予測不可能で、それを選べはしない。
これから私が話すのは、友人が体験したまさに予め知らされる物語の終焉、それだった。

 

あなたは、そんな事が自分に起こることは想像もしないかもしれない。
けれど、あなたがもし意欲的で挑戦を怖れない独身なら、充分に起りえることだろう、
と私は思っている。

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)
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