- 2015.01.23
虹の男と女、ミック・ジャガーからの問いかけ
色鉛筆[第3回]
「1時間後に、自分がどこにいて何をやっているのかなんて想像できないの」恵比寿のバーで、ブルーのドレスを着た彼女は僕に微笑みながら、そう言う。彼女は21歳、美大の学生だ。予定調和を嫌う彼女にとっては、それはある種の願望でもあるのかもしれない。
若いっていいなあと、しみじみ思う。年を重ねれば重ねるほど、「予定通り、調和を求める」ということが増えていくような気がする。それがいつ始まったのかは、今となってはよくわからないけれど。
「ローリングストーンズのシーズアレインボーありますか?」彼女はマスターに聞く。
彼は黙って頷いて、レコードラックから、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドの出来損ないみたいなジャケットを取り出して、その曲をかけてくれる。
「この曲が好きなの、7歳くらいの時に、テレビのコマーシャル、今思えばiMacだと思うんだけど、それで聞いてすぐに気にいったの」。
うん、それは僕もよく覚えている。僕は40歳で彼女は7歳だったわけか、うむ。
そのコマーシャルは、7台の7色のiMacが、このストーンズのピアノ練習曲みたいな歌にのって、軽やかに回転しながら踊るというものだった。
彼女は、その映像に影響を受けて、絵を描きたくなったという。
それで親にねだって色鉛筆を買ってもらったのが今思えば、美大への原点だったと笑う。
それから彼女はバッグから、まるで小学生の子供が使うような色鉛筆をケースごと出して、店のペーパーナプキンに、僕の似顔絵を一気に描いてくれた。
彼女の描く僕は虹の男だった。それなら、彼女は虹そのものだ。
彼女は目の前にいるけれど、それは雨上がりの青空の中のうたかたでしかない。
そう僕らは、その1時間前に、代官山のバーで知り合って、ここに河岸を変えたばかりだ。
そんな事をぼんやり考えていると、ミック・ジャガーが
Have you seen her dressed in blue ? と僕に問いかける。
僕は心の中で、「うん、目の前に今いるよ」と答える。
(文・久保田雄城/写真・塩見徹)
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