- 2019.07.25
みんなのミュシャ
みんなのミュシャ|ミュシャからマンガヘ ― 線の魔術
2019年7月12日(金)多田 美由紀
ミュシャ作品はなぜ多くの人を魅了するのか
「人々の感覚を目覚めさせ、芸術家のスピーチ(メッセージ)に耳を傾けさせるためには、
まず彼らを魅惑する方法を知らなければならない」
―― アルフォンス・ミュシャ
ミュシャの代名詞ともいえる、女性をモチーフにしたアール・ヌーヴォーの香り漂うレトロモダンなポスター。一目でそれとわかるアルフォンス・ミュシャのいわゆる“ミュシャ様式”は、多くの人々を魅了する。それもそのはず。前述の言葉からわかるように、彼は優れた芸術家であると同時に大衆を魅惑する術を熟知したアートディレクターの資質も持ち合わせていたのだから。私たちがミュシャの作品に惹きつけられるのは、彼からすれば「想定内」で「思惑通り」ということになるかもしれない。
例えば、鉄道会社によるバカンス旅行の宣伝ポスター、《モナコ・モンテカルロ》。汽車や旅行客といったこの手のポスターにありがちな定番モチーフは一切用いず、ミュシャは海を背景に美しい女性と装飾的な草花モチーフを描くことで旅に出る楽しさや高揚感を表現した。ありきたりのポスターとこの華やかなデザインのポスター、どちらがより人目を引きウキウキした気分になるかと聞かれたら答えは言わずもがなだろう。
アルフォンス・ミュシャ 《モナコ・モンテカルロ》 1897年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵 ©MuchaTrust2019
ミュシャの没後80年となる節目の年に開催されることとなった今回の企画展。会場となる渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムも今年が30周年のアニバーサリーイヤーということで、くしくもダブルアニーバーサリーと相成った。
この日行われたプレス向け内覧会では、受付を待つ人々の期待の大きさが熱量として伝わってきて、日本でのミュシャという作家への注目度や人気の高さを改めて実感した。
これぞミュシャ! ― 円環と女性が描くQの文字
今回の企画展は「ただミュシャの作品を愛でましょう」というだけでなく、ミュシャが“私たちがよく知るミュシャ”になるまでの過程や、彼にインスパイアされた後世の作家たちにもスポットを当てている。まずは彼の創作に影響を与えた品々の展示から始まり、挿絵画家・イラストレーターとしてのキャリアやミュシャ様式が完成してゆく過程などが順を追って紹介されている。
手掛けたポスターが脚光を浴びて知名度が上がっていく一方で、いわゆる「ミュシャらしさ」を感じる独自のスタイルが確立されていく。流れるような髪の毛やドレスの裾、渦巻き、同心円、円環、効果線など、本展のサブタイトルにもある“線”を効果的に用いたミュシャならではのあのモダンな様式だ。
中でも、背景の円環と女性のドレスの裾から成るシルエットがアルファベットのQのように見える、後に「Q型方式」と呼ばれる構図はその代表だろう。
ミュシャ様式が確立されて以降の作品群を目の当たりにすると、ミュシャの描く女性の美しさと構図やデザインの秀逸さに改めて感心する。華やかな作品の陰には緻密なデッサンや丹念な習作の積み重ねがあり、本展ではそういった作品にも触れることができる。
左)アルフォンス・ミュシャ 《トパーズ ― 連作〈四つの宝石〉より》1900年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵
©MuchaTrust2019
右)アルフォンス・ミュシャ 《舞踏 ― 連作〈四芸術〉より》 1898年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵
©Mucha Trust 2019
ミュシャにインスパイアされた作家たち
ミュシャらしさを十分堪能したところで、後半の展示エリアでは彼に影響を受けた作家たちの作品に触れることができる。
ベル・エポックの象徴のような甘美でたおやかなミュシャ作品は、意外にもサイケデリックなロックの世界にも大きな影響を与えたようだ。1963年ロンドンでミュシャの回顧展が開かれたのをきっかけに、多くのクリエイターがミュシャにインスパイアされロックコンサートのポスターなどにそのテイストを反映させていく。しかも、ジミ・ヘンドリックス、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、ドアーズなど一見ミュシャとは結びつかないようなアーティストのコンサートポスターである。優美な曲線や美しい女性像はミュシャのテイストを踏襲しつつも、色調は「ザ・60年代」といった感じのサイケ調。その展示エリアはまるでサイケデリックアート展のようで、サイケ好きの方にはかなりツボだと思われる。
左)アルフォンス・ミュシャ《ジョブ》1896年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵 ©MuchaTrust 2019
右)スタンレー・マウス&オールトン・ケリー 《ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドコンサート(1966年10月7-8日 アヴァロン・ボールルーム)》 1966年頃 オフセット・ リトグラフ Artwork by Stanley Mouse and Alton Kelly ©1966,1984,1994. Rhino Entertainment Company.Used with permission.All rights reserved.www.familydog.com
一方日本では、明治時代の文芸誌の表紙におけるミュシャブームに端を発し、昭和以降はマンガ、アニメ、コンピューターゲームなど幅広い分野でミュシャの影響が見て取れる。FFこと人気RPG「ファイナルファンタジー」などはその好例だろう。FFのキャラクターデザインを手掛ける天野喜孝氏は本展にミュシャをリスペクトするコメントを寄せており、ミュシャ財団とも周知の仲らしい。ミュシャを通じて、現在進行形で国際的文化交流が行われているわけだ。
「みんなのミュシャ|ミュシャからマンガヘ ― 線の魔術」のタイトルからもわかるように、本展は古き良きベル・エポック・テイストに浸るミュシャ回顧展でなく、マンガとの紐づけを試みた極めて現代日本的な企画である。
アール・ヌーヴォーあり、サイケデリックアートあり、マンガあり、とかなりユニークな視点に基づいた企画展なので、気になる方はぜひ足を運んでいただきたい。
左)アルフォンス・ミュシャ 《アカデミー・コラロッシ 〈ミュシャ講座〉》 1900年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵 ©Mucha Trust 2019
右)表紙デザイン:藤島武二 『みだれ髪』(与謝野晶子) 東京新詩社と伊藤交友館により共同出版された与謝野晶子の第一歌集 (明治34年)の復刻版 (日本近代文学館、1968年) ©Mucha Trust 2019
左)アルフォンス・ミュシャ 『装飾資料集』 図45 1902年 カラーリトグラフ ミュシャ財団蔵 ©Mucha Trust 2019
右)山岸凉子《真夏の夜の夢》「アラベスク」(『花とゆめ』1975年4月9号付録ポスター用イラスト)1975年 カラーインク・紙 ©山岸凉子
招待券をプレゼント!
本コラムの読者の皆さまに感謝を込めて、抽選で5組10名様に「みんなのミュシャ|ミュシャからマンガヘ ― 線の魔術」の招待券をプレゼントします。
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応募締切:2019年8月8日(木)
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みんなのミュシャ|ミュシャからマンガヘ ― 線の魔術
会 期:2019年7月23日(土)~2019年9月29日(日)
休館日:7月30日(火)、9月10日(火)
時 間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会 場:Bunkamura ザ・ミュージアム
渋谷区道玄坂2-24-1
入館料:一般1,600円、大学・高校生1,000円、中学・小学生700円
https://www.ntv.co.jp/mucha2019/
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