2019.01.11

タータン 伝統と革新のデザイン 展

2018年12月18日(火)多田 美由紀
 
 

見慣れた存在の「タータン」のこと、私たちはこんなにも知らない!
 

現在、三鷹市美術ギャラリーでは「タータン 伝統と革新のデザイン 展」が開催中だ。
ところでみなさんは、「タータン・チェック」と聞いて何を想像するだろうか?
学制服? バグパイプ奏者の衣装? パンクファッションのボンテージパンツ?
日本人にすっかり耳慣れた言葉なのであえて「タータン・チェック」と言わせていただいたが、実はこれ和製英語なのだそうだ。
「タータン・チェック」が日本的造語であること、英語における「チェック」の定義が日本のそれと大きく違うこと、実はタータンには悲しい歴史があり然るべき定義があり、一族や企業のアイデンティティの象徴的役割があることを、どれだけ多くの人が知っているだろうか。
 


 

「チェック柄の服が好き」「ファッションに興味がある」「ヴィヴィアン・ウェストウッドが好き」…
 

タータンの企画展と聞いて「行きたい!」と思う理由はみなさんそれぞれだと思うが、おそらくはチェックという柄のデザインやヴィジュアルに魅かれ、ファッション的動機で訪れる人が多いのではないだろうか。
100点を超えるタータン生地にタータンを使用した新旧さまざまのアパレル ── 展示品はファッション的要素を求めて訪れた人たちの期待感を十分満たしてくれる。しかし、そんなファッション目線のビジターに“タータンは単なるファブリックデザインにとどまらず、さまざまな側面を持っている”ということも併せて教えてくれる。
「色んなタータンで目の保養をした上に歴史や文化の知識までお持ち帰りできて、なんだか得した気分!」そんな気持ちにさせてくれる企画展だ。
 

右下:左)少年用ハイランド衣装一式 1910年頃 ウール、その他 神戸ファッション美術館(くろすとしゆき氏寄贈)蔵
右)子ども用ハイランド衣装一式 1868年頃 ウール、その他 神戸ファッション美術館蔵

 
 

タータンとは何ぞや? そもそもタータンとチェックは違う?
 

ギャラリーに足を踏み入れるとまず、1860年代のシルク素材のアフタヌーンドレスが出迎えてくれる。タータンというと毛織物のイメージが強いせいか、シルクのフォーマルドレスはとても新鮮に映る。
続いて、タータンに関する知識についての展示が並ぶ。最初に基礎知識に触れることでそのあとの展示がより興味深く見られるので、鑑賞する側にとってありがたい構成だ。
 


 

まず驚くのは、日本では格子柄を総称して「チェック」と呼ぶが英語圏では事情が異なるということ。
英語圏でのチェックには2つの意味があり、1つは2色の小さな正方形でできた市松模様、もう1つは「タータン以外のチェック」の総称だそうだ。
一方タータンの定義は、
 

・2色以上の色を使いそれらが垂直に交わる格子柄
・原則として縦糸と横糸に同じ本数と色を使い上下左右対称の模様
 (中には例外で非対称のものもある)

 

だそうで、チェックとタータンは別物だということを知ると、なるほど「タータン・チェック」という言い回しは確かにおかしいと気付く。
タータンの設計書にあたる「セット」についても紹介されている。「セット」は色の頭文字のアルファベットと数字が並んだ構成で、これを見れば何色の糸が何本あってどのようなタータンの柄が出来上がるのかわかる仕組みになっている。
 


 

そして「タータン」を名乗るには、然るべき機関の認定が必要だそうだ。かつては複数の機関や団体がタータンの管理を行っていたが、2008年からは「スコットランド・タータン登記所」が一括してこの役割を担っている。ここで認められて初めて「タータン」を名乗れるというわけだ。
この辺りまで来ると、ついさっき入館したばかりなのにもうすでにタータンのことをそれなりに知ったような気がしてなんだか愉しくなってくる。
 

日本で混同されているタータンとチェックは別物ということで、今回の企画展では「タータン」という呼称を用いている。なので、このコラムでもそれに倣って「タータン」と表現させていただく。
 

左から)カローデン/ゴードン・ドレス/ベル・オブ・ザ・ボーダーズ/ロイヤル・ステュワート/ジャコバイト/グラスゴー

 

タータンはアイデンティティの象徴! ソースだってタータンになる
 

実はタータンには、用途などによってさまざまな種類がある。
軍隊用のミリタリー・タータン、王室が用いるロイヤル・タータン、スコットランド特有の氏族制度「クラン」を表すクラン・タータン、地域(ディストリクト)特有のディストリクト・タータン…
スコットランドの伝統的ダンスの競技会で身に着けるダンス・タータンは、ステージ衣装の役割も兼ねるせいか人目を引く華やかな色合いのものが多い。
クラン・タータンは、日本の家紋のようにその一族ごとの固有のパターンを持つそうだ。遠目で見て「あのタータンはマグレガーさんの息子さんだな」とわかるといった感じだろうか、などと想像してみる。
 


 

組織や企業が制服や販促用に作るコーポレート・タータンというものもある。
実は、複数の日本企業がオリジナルのタータンを作成している。最も認知度が高いのは、伊勢丹百貨店のイセタンタータンではないだろうか。あの赤・緑・黄色の格子柄の包装紙や紙袋を見れば、多くの人が「あ、伊勢丹」と思うくらい広く浸透している。
ブルドックソース・タータンなどは特にユニークだ。これは、ブルドックソース株式会社が創業105周年を記念して2007年に登録した同社のオリジナルタータンである。黒がスパイス、赤がトマト・りんご・にんじん、緑が野菜を表しているそうで、ソースの原料をタータンの柄に反映させているあたりになんとも“らしさ”を感じる。
このように、タータンは土地や人や組織などのアイデンティティ、個性の象徴的役割も果たしてくれるのだ。
 

〈ブルドックソース・タータン〉

 

タータンが表舞台から消えた35年間
 

タータンは、もともとスコットランド北西部ハイランド地方の織物で人々の日常着に用いられていた。そんな庶民の生活の一部であったタータンが、政治的圧力によって着用を禁じられていた時期がある。イングランドで起こった名誉革命の反革命勢力「ジャコバイト」がタータンを身に着けていたことで反政府的思想の象徴とみなされ、1746年に軍服以外の着用が禁じられたのだ。
民族の伝統的な文化が封印された悲しい歴史は約35年ほど続いたが、禁令が解除されて以降は再びスコットランドの象徴として注目を浴びることになる。
タータンというこんなにも親しみやすくタイムレスなデザインが歴史の波に埋もれてしまったら、それこそ文化の大きな喪失になっていただろう。
 

版画や風刺画で振り返る、かつての英国の風景
 

冒頭で「この企画展はファッションだけでなくたくさんの要素が楽しめるよ」といったふうなことを述べたが、プラスアルファ要素はタータンの定義や歴史に関する知識についてばかりではない。スコットランドの銅版画家ジョン・ケイ(1742〜1826)の作品を中心に、絵画や版画などが楽しめるギャラリーのような一角もあるのだ。もちろんタータンを身に着けた人々を題材とした作品が中心ではあるが、タータンを抜きにしても当時の世相や風俗を垣間見たり、単純に芸術作品を鑑賞するといった楽しさも味わえたりと、なかなか盛りだくさんの構成になっている。
 

ジョン・ケイ 《後に第5代ゴードン公爵となる若きハントリー侯》 1791年 紙/銅版
26.4×20.8cm 京都ノートルダム女子大学 図書館情報センター蔵
※クリックで拡大表示

 

ジョージ・クルックシャンク 《ボニー・ウィリー》 1822年 紙/エッチング、手彩色 33.5×23.8cm

 

以前スコットランドの首都エディンバラに行ったときに、古着屋でバーバリー風タータンのラップスカートを買ったことがある。わずか10ポンド(当時のレートで約2000円)で特にダメージもなく、バグパイプ奏者の衣装のようにきちんと革ベルトのストラップも付いていて「いい買い物をしたな」とご満悦だったことを思い出す。
そのスカートはウールだったので、冬になると毎年ヘビロテで大活躍だった。あまりに出番が多くてすっかりくたびれてしまい今は手元にないのだが、「できればあのスカートを着てこの企画展を観に来たかったな」と思いそれが少しばかり残念だった。
シンプルでスタンダードなのに時を超えても色褪せない。だからこそいつの時代もデザイナーたちはタータンというモチーフを放っておかない。
みなさんもぜひ、色とりどりの様々なタータンに会いに行ってほしい。

 
 


 

タータン 伝統と革新のデザイン 展
会 期:2018年12月8日(土)~2019年2月17日(日)
休館日:月曜日(1/14、2/11は開館)、1/15(火)、2/12(火)
時 間:10:00~20:00(入館は19:30まで)
会 場:三鷹市美術ギャラリー
    〒181-0013 東京都三鷹市下連雀3-35-1 CORAL5F
入館料:一般800円、65歳以上・学生(大・高)500円
※中学生以下および障害者手帳をお持ちの方は無料
http://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/20181208/