2018.11.12

世界のカバン博物館

2018年11月2日(金)多田 美由紀
 
 

世界で唯一のカバンの博物館が浅草に!
 

下町の観光地として知られる浅草は、靴やカバンなど革製品の問屋が多数点在するエリアとしても有名だ。そんな革問屋の町浅草の一角に、リュックやビジネスバッグ、スーツケースなどで知られるバッグとラゲージの総合メーカー「エース株式会社」の東京店がある。しかし、このビルの7Fに「世界のカバン博物館」があることは意外と知られていない。
 


 

博物館の初代館長で創業者の新川柳作氏(1915~2008)は、カバンをこよなく愛した人であった。世界のカバン博物館には、そんな新川氏のカバン愛がギッシリ詰まっている。カバン専門の博物館は世界でもここだけ。そんなレアな施設を無料で一般開放しているのも、「大好きなカバンで商売させてもらったことへの感謝と恩返し」という新川氏のカバン愛の表れなのである。
そんな新川氏が世界中を回って収集した約550点にも及ぶ古今東西のカバンの数々は、一見の価値ありの見ごたえあるコレクションとなっている。
 


 

館内に入るとまず、右手の壁一面にズラリと並んだカバン型の素材見本が目に入る。それぞれの表面には、革・布・化学繊維などすべて違う素材が貼られている。「カバンに使われる素材はこんなに多種多様なんですよ」ということを目で見て触れて体感してもらおうという趣向だ。
左手には、人類史におけるカバンのあゆみを記した年表。おそらく狩猟道具や収穫物などを入れる「道具としての袋」から発展したであろうカバンは、今や実用品にとどまらずファッションに欠かせないアイテムとなった。庶民の道具からバカンスを楽しむ富裕層の象徴へ、そして広く一般に普及する実用品かつ装身具へ、とカバンは時代と共にその役割を変化させてきたのだな、と気付かされる。
 

《キャビントランク 木枠・亜鉛板張り 日本》

 

《ワードローブトランク プライウッド アメリカ》

 
 

五大陸に想いを馳せる カバンで世界をめぐる旅 
 

この博物館では、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、オセアニア、アジアの五大陸のカテゴライズで世界約50カ国から集めたカバンを展示している。カバンを通じて「歴史」「時代背景」「風土」「文化」「お国柄」といったものが見えてくるのが面白い。
 


 

革製品の本場ヨーロッパのゾーンには、仕立ての良い洗練されたデザインのカバンが並ぶ。船旅用のトランク、バニティケース、ラケットケース付きバッグ、ワインボトル専用バッグ ── バカンスに赴き、テニスやハンティングを楽しみ、ワイングラス片手にパーティーに興じる ── カバンを通じて、そんなリッチで優雅なライフスタイルが見えてくる。
現代なら物議をかもしそうな象やシマウマの皮を使ったバッグは、貴族の娯楽であったハンティングの戦利品を利用したものと思われる。かつてバッグはオーダー品が主流。カバンを所有することは、限られた人に与えられた特権でありステータスでもあった。
 

《コスメティックケース 牛革 フランス》

 

左)《棒屋根型トラベルバッグ ジャガードヴェルヴェット・牛革 イタリア》
中)《トラベルバッグ シマウマ毛革 牛革 スペイン》 右)《ワインボトルバッグ ジャガード・山羊革 イタリア》

 

これが一路北米大陸へ飛ぶと、また様相が変わってくる。
新大陸、自由の国アメリカのカバンは、合理主義なお国柄にふさわしく無駄な装飾がそぎ落とされたシンプルなフォルムが印象的だ。航路が発達して空の旅が華やかになった1950~1960年代のトランクや、ゼロハリバートンのアタッシュケースなどが展示されている。アポロ11号が月面から石を持ち帰った際は、同社のアタッシュケースが使われたそうだ。
 

《スーツケース・コスメティックケース アルミニウム合金 アメリカ》

 

アフリカゾーンには、民族色が色濃く反映されたカバンが並ぶ。中には、実用目的ではなく呪術や儀式の際に部族の長(おさ)が身に着けたと思われるものもある。セネガルの市場で入手したという金属製のアタッシュケースは、現地の子供が落ちている空き缶を拾って作ったものだという。そんな背景を知ると、豊かとはいえない暮らしの中で日々の糧を得ようと努力する子供たちの姿を想像してちょっとせつなくなる。
 

《ムシュワニ族のソルトバッグ 羊毛織物 アフガニスタン》

 

「世界のカバンコレクション」コーナーでは地域や時代ごとのデザインが楽しめると同時に、見る者のフィルターを通して世界のさまざまな風景を思い描くことができそうだ。
 
 

著名人ゆかりの品々やカバンの豆知識コーナーも
 

日本国内のカバンの普及・発展に大きく貢献してきたエース株式会社。それを物語るように、多くの著名人がエースのカバンを愛用してきた。日本を代表するラゲージメーカーということでトップアスリートからの支持も高く、これまで多くのエース製品がアスリートの海外遠征に帯同した。
「わたしのカバン」コーナーでは、著名人から寄付されたサイン入りのカバンが多数展示されている。フィギュアスケートの羽生結弦選手、最近引退を表明した卓球の福原愛選手、サッカーの香川真司選手などその顔ぶれはかなり豪華だ。
また、カバンのお手入れ方法やパーツの名称など豆知識を紹介するコーナーもあり、「見て楽しんで」「知って得をして」とこの博物館にはさまざまな要素が詰め込まれている。
 
 

スカイツリーに墨田川 8Fは絶好のビューポイント
 

博物館の上の8Fは、創業者新川柳作氏の記念館となっている。
貧しい家の出ながら、不屈の精神と仕事への情熱を以て日本のカバン業界の発展に貢献してきた新川氏。新川柳作記念館では、同氏の生い立ちと共にエース株式会社の足跡を振り返る。
 


 

今や当たり前となったナイロン製のカバン。実は、日本で初めてナイロンをカバンに使用したのはエースだった。1953年のこの画期的な出来事は、同社のエポックメイキングの一つとなっている。高嶺の花だったスーツケースを国産化することによって、手の届きやすいものにしたのもエースの功績だ。記念館には、そういった日本のカバン史や社史を彩ったアイテムが並んでいる。
カバン愛を原動力に国内でのカバンの普及や発展に貢献し続けた新川氏。そんな同氏の感謝の心とおもてなし精神は彼亡き後も社風として受け継がれ、記念館前のフリースペースに反映されている。明るく大きな窓の外にはスカイツリーと隅田川。隠れた絶景スポットだ。
「誰でも自由にこの景色を楽しんでほしい」この場所には、そんな思いが込められているという。
 

チェック柄のナイロンバッグは復刻版があれば今でも売れそうなデザイン
左)《ナイロン製ボストンバッグ ナイロン 日本(エース)》  右)《ナイロンバッグ 東レナイロン 日本(エース)》

 

ヴィンテージっぽいカラーリングやフォルムがとてもオシャレ《デボネアスーツケース ABS樹脂 日本(エース)》

 
 

新旧文化のミクスチャー、日本のブルックリン浅草
 

この施設を訪れるだけでも十分足を運ぶ価値はあるが、浅草というロケーションを考えたらそのまま帰るのももったいない。問屋街という土地柄から、近年浅草エリアに工房やショップを持つ若手のクリエイターや作家が増えている。昔ながらの下町情緒あふれる店に交じって、お洒落なカフェや雑貨屋が点在している。新旧カルチャーが交錯してなんだか面白いことになっているこのエリアは、最近では日本のブルックリンなどとも称されているようだ。
そんなエリアにある世界で唯一のカバン博物館。ロエベ製のシマウマ毛革のバッグをはじめ、今でも色褪せない洗練されたデザインのヴィンテージバッグが目白押しで、ファッションやデザイン的観点からもかなり楽しめるラインナップが魅力だった。
伝統とモダンが共存する浅草エリアで、一見の価値アリのスポットといえるだろう。
 
 


 

世界のカバン博物館
所在地:東京都台東区駒形1-8-10
休館日:日・祝日(年末年始および不定休あり)
    ※事前に電話で要確認 土曜日は祝日でも開館
問い合わせ先:エース株式会社東京店 03-3847-5680 
時 間:10:00~16:30
入館料:無料
https://www.ace.jp/museum/