- 2018.10.16
仙厓礼讃
2018年9月26日(水)紗矢
テレビをつけると、たまたま60〜70代程度の女性がインタビューを受けている映像が流れていました。
「何歳まで生きたいですか?」
「うーん、そんなに長く生きても仕方ないわよね。寝たきりや介護とかで、子どもや孫の世話になるのもいやだし…」
少し困ったように語る表情が印象的で、長生きをするのも楽じゃないなと思ったものです。
老いると、白髪が増えて、体が動かなくなってきて、シワが増えて、耳が遠くなって……と体に変化が現れます。そんな「老い」を憂鬱に思う人は少なくはないでしょう。
しかし、「老い」とは本当に憂鬱なものなのでしょうか。今回訪れた『仙厓礼賛(せんがいらいさん)』展では、老いることや、老後の人生について考えさせられる作品がたくさんありました。
年を取ることにマイナスなイメージを抱いている人、人生の今後に迷っている人に、ぜひ見てもらいたい展覧会です。
今回の企画展は、10月28日まで、東京都千代田区にある出光美術館で開催されています。仙厓は江戸時代の禅宗の僧侶で、多くの禅画を残した人物。江戸時代の平均寿命は50歳程度ですが、仙厓は数えの88歳と非常に長生きした人物でもあります。
長寿を全うした仙厓は何を思っていたのか、仙厓の老後に迫った展覧会です。
《老人六歌仙画賛》 出光美術館
行ってまず目に入ったのが、にこにことした朗らかな笑顔を浮かべる老人の絵《老人六歌仙画賛》。老人はふんわりとした丸いタッチで描かれており、イラストのようにも見えます。
「可愛らしい絵を書く人だな〜」と思いつつ、歌の内容を見てみると「―老いるとシワが寄って、腰が曲がって、短気で愚痴っぽくなって、死にたくないといっては淋しがり、自慢をしては人に嫌がられる―」と、一見マイナスなイメージを与える言葉が綴られていました。
笑顔を浮かべ、のびのびと生きる老人を描いた絵に書かれている言葉としては辛辣で、なんだかちぐはぐな印象を受けます。
しかし解釈を読み進めると、この絵は老いという変化も笑い楽しめるものだという、仙厓のメッセージであることがわかりました。「なるほど、深い意味があるのか…」と納得。細かな描写がないぶん、ふんわりとした可愛らしい笑顔が強調され、心に刺さるものがあります。
《指月布袋画賛》 出光美術館
展示されている絵は、どの絵もすべてふんわりテイストで描かれています。禅画というと、お坊さんが残した小難しい言葉が並んでいる……など、お堅いイメージがあるかもしれませんが、仙厓の禅画はとても特徴的。丸みを帯びた優しいタッチと、にこにこと笑う人々……
そのかわいらしさから、“ゆるふわ禅画”として親しまれています。しかし、そこに描かれている言葉やメッセージは、さすが僧侶というような、悟りを感じさせる深い考えに満ちているのです。
仙厓は、人物の絵ばかりを描いているわけではありません。展覧会には《狗子画賛》というタイトルの犬の絵もありました。
ゆるふわテイストで描かれた可愛らしい犬に「きゃんきゃん」という鳴き声が言葉として添えられています。よく見ると、この犬がつながれている杭は地面に刺さっておらず、いつでも自由に駆け出していける状態です。
解説では、「禅で犬といえば仏性*を連想する重要な動物。その観点からみると、杭が抜けて自由に行動できるにも関わらず、紐でつながれたままその場にたたずむ犬は、迷い、身動きが取れない人間を表している」とのこと。
犬の絵1つでもこのような解釈ができるのはとても面白く、仙厓が物事を見る視点はやはり僧侶なのだと感じられます。
仙厓の絵は、噛めば噛むほど味が出てくるような、そんな味わい深さが感じられる絵です。
*仏としての本性。仏となれる可能性。
《書画巻》(部分) 出光美術館
その他、仙厓礼讃展では、仙厓が九州各地を見てまわり下絵を描き、禅画として完成させるまでの過程も展示されています。「この景色を実際に見に行ったのか」「こんな風に絵を完成させたんだな」と、仙厓の人生の一部をたどることができる展示です。
作品を見ているうちに、なんだか仙厓が身近な人物に感じられてきます。仙厓がどんなに人生を楽しんだのかが、ありありと伝わってくる内容です。
《涅槃図》 斎藤秋圃筆 仙厓義梵 他賛 出光美術館
また、とても興味をひかれたのが、展示の最後に飾られていた《涅槃図(ねはんず)》です。これは仙厓と友人との合作となっています。
この絵について学芸員さんにお話しを伺ったところ、「涅槃図といえば釈迦が寝ている、いわゆる亡くなる時の絵なのですが、この絵の中央で寝ているのは仙厓です。葬式風景に見えますが、よく見ると、周囲に集まっている人は笑顔でにこにこと笑っています。そして絵の下には筆が描かれており、実は筆が見た夢だった……というオチなのです」とのこと。
さらに、「仙厓が昼寝をしており、野菜はひっくり返って仰天したかのように描かれているなど、細かな部分にまでこだわって描かれている」というお話もお聞きしました。
仙厓が生きた時代は、今の時代よりももっと死を身近に感じていた時代でしょう。それなのに、友人たちとふざけあって、こんなユニークな絵を残した仙厓の生き方はカッコ良く、尊敬すべき点だなと感じました。
仙厓は隠居(今で言う定年退職)をしてからも友人との交流を欠かさず、茶をたしなみ、各地を観光し、祭りや催し物があれば一番に駆け付けるなど、第二の人生を謳歌しました。
住んでいた博多では“ご隠居さん”として親しまれており、珍しい催しがあれば「仙厓さんに伝えないと!」と毎回誰かが知らせてくれたというエピソードもあります。
この話からも、仙厓がどのような人物で、どれほど老後を楽しんでいたのかがわかるでしょう。
「年をとったら怒りっぽくなったり、体にガタがきたりするのかな」と考えていました。けれど、仙厓のアクティブで楽しみに満ちた老後は目からうろこでした。
仕方がないで終わらせず楽しむことはできるのだと、この展覧会を通して考えさせられました。
人生を憂鬱に過ごすのも、楽しい人生だったと幕を下ろすのも本人次第。仙厓のゆるふわ禅画をみて、人生を楽しむ参考にするのも良いのではないでしょうか。
仙厓礼讃
会 期:2018年9月15日(土)〜10月28日(日)
休館日:毎週月曜日(ただし、9月17日、9月24日、10月8日は開館)
時 間:10:00〜17:00 ※毎週金曜日は19:00まで。入館はいずれも閉館の30分前まで
会 場::出光美術館 東京都千代田区丸の内3-1-1帝劇ビル9階(出光専用エレベーター9階)
入場料:一般1000円、高・大学生700円(団体20名以上、各200円引き)、中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要)※障害者手帳を持っている場合は200円引き、介護者1名無料
http://idemitsu-museum.or.jp/exhibition/present/
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