- 2018.10.09
白磁 Joseon White Porcelains
2018年9月21日(金)多田 美由紀
情緒あふれる日本家屋、日本民藝館
秋雨の中、目黒区駒場にある日本民藝館を訪れた。井の頭線の駒場東大前駅から徒歩7~8分程度の、風情のある佇まいの日本家屋である。
この建物を設計したのは、創設者の柳宗悦(やなぎむねよし)。肩書は思想家であるが、志賀直哉や武者小路実篤らと文芸雑誌『白樺』を立ち上げたメンバーでもあり、文学、哲学、宗教、陶芸など多方面に精通した趣味の良い文化人という印象がある。日本民藝館には、そんな柳の粋な感性が随所に散りばめられている。あいにくの雨と思って出かけたが、波紋が浮かんでは消える前庭の睡蓮鉢は風情たっぷりで、屋外展示の壺は屋根から落ちる雫を受けて水琴窟のような音を奏でていた。柳の創った情緒あふれる空間においては、雨も風情を感じる小道具となるのである。
日本民藝館では、現在朝鮮白磁展が開催されている。創設者の柳は朝鮮白磁の熱心な収集家として知られるが、そのきっかけとなるエピソードが非常にユニークなので、まずはそちらをご紹介したい。
ロダンから贈られた彫刻が取り持った、朝鮮陶磁との縁
かねてより、外国の雑誌で見たロダンの作品に魅了されていた白樺派の面々。くしくも白樺が創刊された1910年は、ロダンが70回目の誕生日を迎える年でもあった。それを記念して、白樺はロダン特集号を刊行。この特集号と共にロダン本人に手紙を送ったが、その中には「そのうち浮世絵を送りますね」という趣旨の一文があった。「もしロダンから返事が来たらそのタイミングで送ろう」と思っていたものの、待てど暮らせど一向に返事がないまま半年が過ぎた。「読んでさえくれればそれでいい」と返事に関して多くは望まなかったが、一同は次第に「もしもロダンが浮世絵を期待して待っていたら?」ということが気になりだした。下手をして今で言うところの“送る送る詐欺”になっては日本男児の名が廃る、というわけである。そこで白樺派の面々は金を工面し、30枚ほどの浮世絵をロダンに送った。ただ喜んでもらえれば本望だが、素描の1枚でも送ってくれないかなあという下心も少なからずあった、とは武者小路実篤の弁。
ところが、この期待はいい意味で大きく裏切られる。なんとロダンから3点もの彫刻が届いたのだ。ロダン作品の日本初上陸に、白樺派は狂気乱舞した。するとその彫刻を見に、浅川伯教(あさかわのりたか)が柳の元を訪れる。柳は、彼が手土産に携えていた朝鮮陶磁にすっかり魅了され、以降熱心に収集に励むことになるのである。
ロダンから彫刻の返礼がなかったら、浅川の手土産が別の品物だったら、今回の展示品が私たちの目に触れることはなかったかもしれない。そう考えると、柳を朝鮮陶磁の世界に惹き込むきっかけとなった《染付秋草文面取壺》を眺める時の感慨はまたひとしおである。
《染付秋草文面取壺 18世紀前半》
「一言で言い表せない白」は朝鮮白磁の最大の魅力
館内に入ると、吹き抜けの空間に目を奪われるとともに、上品な展示棚に並んだ焼き物や壁の掛け軸が目に入る。入り口付近には「朝鮮白磁の諸相」として、メインテーマである白磁と併せて辰砂(しんしゃ)、鉄砂(てっしゃ)、染付(別名:青花・せいか)が展示されている。辰砂は赤褐色、鉄砂は黒褐色、染付は青の顔料で絵付けをした焼き物で、どれも素朴な味わいがある点は無地白磁と共通だ。
2階の展示室では、大小さまざまの無地白磁を目にすることができる。白磁の白は一色ではない。青みを帯びた白、茶褐色を帯びた白、様々である。そして元より均一でない色彩は、時間経過や使用に伴いさらに複雑に多様に変化して各々の「顔」となり「個性」となる。
時に輪郭の微妙なゆがみやいびつさ加減と相まって、何とも言えない味になる。
そんな朝鮮白磁に柳が魅了されたのは若干25歳の時であるから、やはりかなりの粋人と言えるだろう。しかも、当時は高麗青磁がもてはやされ白磁は評価が低かった。白磁を好む者は見る目がない、といった冷ややかな風潮もある中、柳は自分の審美眼を疑うことなくせっせと韓国に渡っては白磁を買い集めた。世界が白磁の魅力に気付くのには、その後しばらく時間を要することとなる。
何とも味のある微妙なゆがみ
《白磁壺 18世紀前半》 写真提供:日本民藝館
人々の生活の中にある、民藝の美
展示品を眺めているとすっかり美術品を鑑賞している気分になるが、ここで思い出していただきたい。ここが日本“民藝”館であるということを。今や普通に使われている「民藝」という言葉、実は柳宗悦氏が作り出した言葉なのである。正式には「芸」ではなく旧字体の「藝」を当てるのが正しく、職員の方のお話では「芸」と「藝」は単なる字体の新旧ではなく微妙に意味が違うのだそうだ。「藝」には「植物を植える」という意味があり、逆に「芸」は「草を刈る」という意味があるとのこと。
今回、焼き物だけでなく石や木、金属などを用いた工芸品も併せて展示されているが、展示品はどれも美術品ならぬ日常の中で使われていた道具である。おろし器あり弁当箱あり痰壺あり文机あり。そして、日用品でありながらどれも美しい。痰壺でさえ例外ではない。
道具だからただ「使えればいい」ではなく、人々はその中に美を生み出そうとする。その心は万国共通で、日本民藝館はそんな「人間の美への探求心」をリスペクトし、スポットを当てているのだ。
多様なおろし器の数々
第3金曜日はギャラリートークを開催
会期中の第3金曜日(10/19、11/16)には、17時30分からギャラリートークが開催される。講師は、東京藝術大学工芸史研究室助手の田代裕一朗さん。朝鮮陶磁器のみならず韓国の歴史や文化、言語に精通し、今後を期待されている平成元年生まれの若きホープである。作品にまつわるエピソードや時代背景を知ると、より近い距離感で作品を見ることができるのが楽しい。30分に渡るギャラリートーク終了後も、田代さんは参加者の質問に快く応じてくださっていた。入場料のみで参加できて予約も不要なので、都合が合う方はぜひ参加してみてはいかがだろうか。
日本民藝館は、展示品のみならず建物自体もとても魅力的な施設だ。芸術の秋にぶらり訪れるには、ぜひおすすめしたいスポットである。
※記事中の写真は、日本民藝館より許可を頂いた撮影および提供の写真です
白磁 Joseon White Porcelains
会 期:2018年9月11(火)〜11月23日(金・祝)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館し翌日振替休館)
時 間:10:00〜17:00(入館は閉館30分前まで)
※金曜日は19:00まで開館(11/2は除く)
ギャラリートーク:第3金曜日(10/19、11/16)17:30〜18:00
※入館料のみ、予約不要
〈講師〉田代裕一朗(東京藝術大学工芸史研究室助手)
会 場:日本民藝館
東京都目黒区駒場4-3-33
入館料:一般1,100円、大高生600円、中小生200円
http://www.mingeikan.or.jp/events/
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