- 2018.08.22
Jeanloup Sieff写真展
Jeanloup Sieff写真展「Best works」
2018年8月16日(木)多田 美由紀
“インスタ映え”とか“盛る”とかそういうの、一瞬忘れてみませんか?
世間に「写メ」や「SNSへの写真投稿」が普及して久しい。飲食店は「インスタ映え」を謳ったメニューを考案し、人々はこぞって自撮り写真をアップする。
「今、世の中からスマホがなくなってしまったら世界が立ち行かなくなるのではないか?」と思われるほど、“その手の写真”は私たちの生活に浸透している。
その手の写真とは全く趣の異なる“写真”に逢いに、銀座のArt Gallery M84を訪ねた。最寄り駅は東銀座だが、銀座からも徒歩圏内にあるギャラリーだ。「M84」というネーミングは、オーナーの橋本正則さんの名前に由来する ──とここまで書けば勘のいい読者の皆様は察しが付くと思うので、野暮な説明は割愛させていただく。
このギャラリーで行われているのは、VogueやELLE、Harper’s BAZAARなどのファッション誌を中心に活躍した写真家、ジャンルー・シーフ(Jeanloup Sieff:1933〜2000)の写真展だ。独自の世界観と卓越した写真技術はプロの写真家をも惹きつけ、そのモダンな作風で女性からの支持も高い写真家である。
「撮り手」と「焼き手」が生み出す、「モノクロ≠2色」の世界
ギャラリーに入ると、白を基調としたシンプルな室内にシーフの作品が展示されている。写真はすべてモノクロなのだが、シーフの写真からは「無機質なモノトーンの世界」とは違った表現力が感じられる。「白と黒は2色ではなく何色ものバリエーションがある」という思わぬ発見。写真家シーフの力量もさることながら、彼の作品には名プリンターであるイヴ・ブレガンの存在が欠かせない。オーナーの橋本さんによると、このような写真家とプリンターによる撮影とプリントの分業スタイルはごく一般的なのだそうだ。
「例えばこの写真。この光は実際にはこんなに強く見えないのですが、プリントする時に、部分的な焼き加減によってこうゆう表現が加えられているんです。技ですよね」
女性がこちらを見据えている、上半身のヌードポートレート。モデルの背後からふんわりと柔らかい光が射したその写真を例にとって、橋本さんがそう教えてくださった。なるほど。こんなふうに色々とお話を聞きながら作品を鑑賞できるのも、こういったギャラリーの良さだろう。自分に専門知識がないと、何も知らずに次の作品に歩を進めてしまうところだ。
そんな「隠れた技」の存在を知ってシーフの作品を鑑賞すると、ますます「う〜ん」と感心させられることの連続である。
最小限のライティングで魅せる ──プロも羨むシーフの技
シーフはあまりライティングに頼らない写真家だったそうだ。必要以上にライティングをせず、室内でも自然光を活かすことに長けていたという。全く違う質感の被写体が混在する場合、それらを同等にフィーチャーするのはなかなか至難の業である。モデルの肌を綺麗に見せようとすれば衣装の布目の質感が潰れてしまう、といったことが多々起こるのだ。それを最小限のライティングでサラリとまとめてしまうあたりも、シーフの凄さらしい。本展ではプロのカメラマンの来場者も多く、「こういう写真を撮りたいけど撮れない。いったいどうすれば?」となんとかその技を盗んで帰ろうと長時間写真の前に立ち尽くす人も少なくない、という。
車に寄り掛かった女性のドレスが風でめくれ、お尻と足が露わになった写真などはその好例だろう。ピカピカ光るうえに多様な曲線で構成される車の撮影は、映り込みやら何やらで厄介というのが業界の定説である。屋外で撮影されたこの写真は、本来最も光沢があるであろう車のボディより女性のショーツの光沢が勝っている。この写真の主役は車より「お尻」だろうから、お尻をフィーチャーすべく計算した結果ではなかろうか。
そして、シーフの写真は構図も見事だ。1枚の布や街路樹を、いともたやすく味方に付けてモダンな背景の小道具にしてしまう。実際に作品を目にしたら、この意味が分かっていただけると思う。数々のファッション誌からオファーがあったのも、そんなセンスの良さを買われてのことだろう。だからこそシーフの写真は、お洒落なモノに敏感な女性のアンテナに引っ掛かる。裸であっても荒涼とした風景であっても、彼が撮るとなんだか「モード」の様相を帯びてくる。シーフの写真展は女性の来場者が多い、というのも頷ける。
シーフが「“お尻”を愛する理由」と「自身の作品への想い」
「写真家の力量が問われるのはヌード」だそうで、本展でもシーフによるヌードポートレートが多く展示されている。本展のプロモーション画像には「お尻」の写真が使われているが、シーフの作品にはお尻をフィーチャーしたものが少なくない。実際シーフは、お尻というパーツに特別の愛着を持っていたようだ。彼自身が編纂し文章も手掛けた写真集の中で、このように語っている。
「身体の部位の中でも顔は、もっとも外部にさらされ、目につき、社会生活でも使われる。望み通りになる偽善的なマスクであり、悲しくても笑えるし、退屈で死にそうなときも興味深そうな表情を作れる」
(中略)
「それこそ、私がお尻に興味を持ったきっかけの一つである。お尻はもっとも人目につかず、秘密めいた部位であり、視線や手がずっと前から失ってしまった子供っぽい無垢な状態にある」*
つまりは、無防備で意思を持たない純粋な部位ということであろうか。
またシーフは、作品への称賛を惜しまず様々な解釈を与えようとするファンや批評家の想いとは裏腹に、自身の作品をこんなふうに位置付けている。
「私は何らかの証人になろうなどと思わないし、伝えるべきメッセージも、堅持する観点も持たない。はなから私は解釈を拒否するし、いわゆる〈作品〉やモニュメントも残したくない。(中略)私の写真は緩慢なものであり、私の唯一の望みはこれらのイマージュがかつての思い出を残しながらゆっくりと黄ばんでいくことである」*
本展に足を運ばれるなら、上掲のシーフの「お尻への想い」と「作品への想い」を知っておくとまた違った視点で鑑賞できるのではと思う。
極めてレアな、シーフの展示販売写真展 ──中にはサイン入り作品も
Art Gallery M84では、写真を鑑賞するだけでなく展示品の購入が可能。「日本では、絵画はともかく写真を飾るという概念があまりないようで」と橋本さんは残念そうに話す。海外では写真が絵画と同等の芸術作品として評価されているのに対し、日本では写真の位置付けが低いことを嘆いておられた。その様子から、写真に対する熱い想いと愛情がひしひしと伝わってくる。そんな写真を愛する橋本さんのこだわりは、額装のフレームにも表れている。「これが一番細いフレームなんです」見ると、フレームの幅はわずか5mm程度だろうか。確かにこのサイズはあまり見たことがない。フレームの存在感が薄いことで、写真の邪魔をせず完全な引き立て役に徹してくれている。以前は額装をせず販売していたが、写真を購入しても飾らずしまい込んでしまうケースが多いことから「目に触れるところに飾ってほしい」という思いで現在のスタイルとなった。
今回、貴重なシーフのサイン入りの作品も3点ほど展示されている。その中でも彫刻家セザールのポートレートは、女性を多く撮り続けたシーフ作品ではレアだろう。
「写真は何枚でもプリントできるでしょ」と思う方もいるかもしれないが、高名な写真家の作品に出逢える機会はそうない。ほぼ千載一遇の確率とも言えるので、実質的な意味での「1点モノ」と捉えて差し障りない。今回、写真集に載っていた写真を実際に目の当たりにしたときは、「あ!これ!」と画集でしか見たことのない絵画を見た時のような感動を覚えた。
「撮って加工してアップする」が当たり前になった時代だが「こういう写真もあるんだよ」ということで、本展では“実際に見ないとわからない何か”を体感することができる。どっちの写真がいいとか悪いとかではない。それぞれにそれぞれの良さがあるのだと思う。「シーフの写真の素晴らしさ」「今銀座でそれに触れる機会がある」ということを多くの人に知ってもらうのに、写メやそれに対する「いいね!」の存在は欠かせない。
ギャラリーで生の写真を体感した後は、ぜひ「ジャンルー・シーフ展に行ってきました!@Art Gallery M84」とばかりに、その魅力を伝えて頂けたらと思う。
*出展:Jeanloup Sieff『DEMAIN LE TEMPS SERA PLUS VIEUX JEANLOUP SIEFF 1950-1990ジャンルー・シーフ写真集』(株)朝日出版社1991年より
Jeanloup Sieff写真展「Best works」
会 期:2018年8月13日(月)〜9月22日(土)※休館日を除く
休館日:日曜日
時 間:10:30〜18:30 ※展示最終日は17:00終了
作品数:約33点 ※全て購入可能
会 場:Art Gallery M84
東京都中央区銀座四丁目11-3ウインド銀座ビル5階
入場料:800円
http://artgallery-m84.com/
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