2017.11.16

「怖い絵」展

2017年11月7日(火)橋詰 康子
 

 「怖い」と思う瞬間は多々ある。自分が人一倍怖がりだからか、例えば小さいころに漫画に出てきたピエロに、夏の心霊特集番組やホラー映画に出てくる恐ろしいものたちなど29年間生きてきて「怖い」と感じたことは数えきれないほどあった。そしてそのほとんどが、「どうしてそんなに怖いのか」と聞かれてもうまく説明できないものたちばかりだ。
 


 

 11月上旬、上野恩賜公園にも秋が訪れていた。銀杏が色づきその独特の芳香を漂わせるなか、ずらっと並ぶ行列が一つ。10月7日から上野の森美術館で開催されている「怖い絵」展の入場待ちの列だ。開催前からメディアで多々取り上げられていたこともあり注目されていたが、今では休日ともあれば2〜3時間待ちとなるほど人気を博しているそうだ。
 


 

 作家・ドイツ文学者である中野京子氏の著書『怖い絵』の刊行10周年を記念して開催されたという「怖い絵」展では、“恐怖”をテーマにした約80点もの西洋絵画や版画が展示されている。しかし“怖い”だけならこれほど人々の関心は集まらなかっただろう。「怖い絵」展の面白さは、「なぜこの絵が怖いのか」を知ることにあるのだ。
 

 展示は1章〜第6章で分けられており、そのそれぞれで当時の時代風景と照らし合わせながら美しい絵に隠された“恐怖”を垣間見ていくことができる。まず第一章「神話と聖書」でお目見えするのが、海の怪物と恐れられているセイレーンとオデュッセウスを描いた《オデュッセウスとセイレーン》だ。美声によって船員を惑わし、船を沈めたと言われているセイレーンが海から船へと上がっていく姿は美しく幻想的だが、縄で縛られているオデュッセウスの乱心した顔が何ともいえず不気味に描かれている。さらに船をこぐ男たちの明らかに怯えている姿は、不気味なまでに白い肌を持ち艶めかしくもあるセイレーンの異質さ、恐ろしさを如実に表しているように思えた。
 

 続く第2章では「悪魔、地獄、怪物」、第3章では「異界と幻視」というテーマのもと、目には見えない恐ろしさを描いた作品が多く展示されている。なかでもオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵として使用されていたオーブリー・ビアズリーによる《踊り手の褒美》は、あまりにも美しく異質だ。好いていた男の首に口づけし、その後自らも殺される数奇な運命を辿るサロメの姿からは、愛の素晴らしさ、高潔さというものは微塵も感じられない。
 

オーブリー・ビアズリー ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》 1894年 ラインブロック・紙 個人蔵

 

 第4章からは、主に“人間の恐ろしさ”を描いた作品が数多く展示されていたように思う。今回「怖い絵」展のシンボルともいえる《レディ・ジェーン・グレイの処刑》も続く第6章「歴史」で取り上げられているが、こちらも「異質な恐ろしさ」というよりは人間が誰でも持っているような“恐怖”を感じる1枚だった。
 

ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵
Paul Delaroche, The Execution of Lady Jane Grey
© The National Gallery, London. Bequeathed by the Second Lord Cheylesmore, 1902

 

 例えば現代において、人が人を殺めるニュースは残念ながら毎日、毎週のようにお茶の間に流れてしまっているが、そのたびに被害者やその家族に対して哀悼の意を抱いたり、犯人に対して嫌悪感を覚えたりする人は多いと思う。しかしこの作品は、残酷な“処刑”のシーンを描いているにもかかわらず、何とも美しく、そして寂しい。まるでひとつの歴史小説を読んでいるかのような気にさえなるほど、いろいろな感情が詰まっているように思える。ここまで強烈な印象を与えるのは眼前に迫ってくるような大きなサイズの絵画だからなのか、それとも他に何か仕掛けがあるのか・・・。《レディ・ジェーン・グレイの処刑》に関しては、ぜひ直に見て“恐怖”の在り処を見つけてほしい。
 

 結局“恐怖”とは何なのだろうか。今までは自分とは明らかに違う何かに出会った時、触れた時に抱くファーストインプレッションのようなものだと思っていた。しかし今回のように一見するだけではわからない内実的な“恐怖”は、私の中でどんどんと膨らみえも言われぬ姿へと形を変えていってしまう。そうして私の想像の中で、ひとつの“恐怖”が確立されていくのだ。
 


 

 ちなみに上野の森美術館内の「Cafe MORI」では「怖い絵」展のコラボメニューも楽しめる。ブルーからイエローへと色が変わるハーブティー「セイレーン」をいただくと、凍った背筋も温まっていく。すっきりとした味わいなので、恐怖で喉がカラカラになった時にもおすすめだ。
 
 

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招待券をプレゼント!
本コラムの読者の皆さまに感謝を込めて、抽選で5組10名様に「怖い絵」展の招待券をプレゼントします。メールフォームの件名を「怖い絵」として、「お名前」、「メールアドレス」、内容欄に「送付先の郵便番号・住所」を明記のうえ、ご応募ください。
応募締切:2017年11月26日(日)
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怖い絵
2017年10月7日(土)〜12月17日(日)
時 間:9:00〜20:00(曜日に関わらず毎日)
休館日:なし(期間中無休)
上野の森美術館 東京都台東区上野公園 1-2
http://www.kowaie.com/