2017.05.05

シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才

2017年4月30日(日)Qunico

 

凡人に届いた、天才画家のものがたり

 

一人の芸術家に焦点をあてた美術展は、見ごたえがあってとても好きです。作品の遍歴はもちろんですが、それを通して芸術家の人生に触れることができるので、人物が好きでも嫌いでも知らなくても、そのタイプの展覧会はできるだけ見るようにしています。
今回も、実は知らなかった画家ではありましたが、新たな出会いへの期待と、ポスターの柔らかな色気をはらんだ美女に誘惑されて「シャセリオー展」へ。ものづくりをする端くれとして、天才画家の人生と絵画の両方をたっぷりと鑑賞してきました。

 
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《カバリュス嬢の肖像》 テオドール・シャセリオー 1848年 カンペール美術館
Collection du musée des beaux-arts de Quimper

 

人生鑑賞 〜自分を信じる力の強さ=天才〜

 

シャセリオーの人生は、11歳でアングルのアトリエに入門し、16歳でサロンデビュー、活躍ののち37歳という短い生涯を終える--という、いわゆる「天才」らしい人生。人の一生をそんな一言で片付けていいものではありませんが、第一印象は「なるほど、天才系ね。」でした。あぁ私とは全く違う人種……。比べるのもおこがましく違って当たり前なのですが、誰とでも自分との共通点を何か見つけ出そうとしてしまうのは私だけでしょうか。残念ながら、凡人の私と天才との間にはそれが見つけられそうになく、親近感がわかないという勝手な理由から、シャセリオーの人生については、少し冷めた目線で見始めました。

 

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《自画像》 テオドール・シャセリオー 1835年 ルーヴル美術館 Photo©RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Jean-Gilles Berizzi / distributed by AMF

私には男前に見えますが、当時のフランスではエキゾチックな顔立ちは受けが良くなかったようで、本人も複雑な思いを抱えていたとか。ここでは共通点を見つけた気がします。

 

何様な嫉妬を少し抱きつつも順風満帆に見える人生を眺めていると、シャセリオーに事件が。師であるアングルと作風を巡って決別するのです。アングルは新古典主義。でもシャセリオーはロマン主義に傾倒していきました。
とてもわかりやすく解説されていた音声ガイド・山田五郎さんの説明によると、新古典主義(古典主義も)は歴史物語を描くもの。ロマン主義は、その時代の現実を神話の世界を借りるなどしながら、個人の美意識や空想をドラマチックに描くもの。感情的で躍動感があって荒々しいような表現が多いとのこと。
ロマン主義も歴史物語・神話の世界を借りるのであれば、一見それも新古典主義のような気もしますが、描き出し方は全く違ったようです。若いシャセリオーが、「新たな表現」「今」を描きたいと思う気持ちは、表現者としてとても自然なことのように思いました。

 

そして20歳のシャセリオーは、「自分の声を聴き、自分だけを常に信じる」と言って、師の教えから独立します。

 

私はアクセサリー作家をしていますが、独学なので特に師はいません。だから師から離れることの葛藤は想像でしかありませんが、師に限らず、周りの意見を気にせず「自分の声だけを常に信じる」ことがどれだけ難しいかということはわかります。人のアドバイスに従っていい方に転ぶこともあると思うので一概にはいえないものの、ここは…‥という選択で自分の本心を貫き通す強さ、それこそが「天才」ということかもしれません。やはりものづくりをする人間には必要な強さだなと改めて。今回のシャセリオー人生鑑賞の中で一番心に残った言葉となりました。

 

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《東方三博士の礼拝》 テオドール・シャセリオー 1856年 プティ・パレ美術館 © Petit Palais/Roger-Viollet

37歳で急逝したシャセリオーが最後に手がけた作品の1つ。

 

最終的に37歳の若さで生涯を終えたシャセリオー。よくよく考えると「天才だから短命でも仕方ないよね」なんて、歴史の人物だからって酷い言い草です。天才でも長生きした画家もいますし、世に知られているいないに関わらず、命の重さは平等。シャセリオーも長く生きたかったと考えるのが自然です。実は最近、同じ年頃の従弟が他界したこともあり、命の長さについて考えていました。受け継がれる作品を残したシャセリオー、まだ数か月の受け継がれた命を残してこの世を去った従弟。私の命はまだ続いていて、まだ何も残せているとは言えない現実。「生きる意味」なんて人生で求める必要はない、生きているだけで立派とはいうものの、思いがけず強烈にそこに向き合わされる時間となりました。

 

 

絵画鑑賞 〜心の奥に語りかけてくるロマン主義の物語〜

 

一方絵画鑑賞では、シャセリオーのロマン主義の表現が、ドラマチックに語り掛けてきます。

 

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《泉のほとりで眠るニンフ》 テオドール・シャセリオー 1850年 CNAP(アヴィニョン、カルヴェ美術館に寄託)
©Domaine public / Cnap /photo: Musée Calvet, Avignon, France

 

シャセリオーと関係のあった高級娼婦をモデルに描いた作品。
生身の人間をモデルとしているだけに脇毛まで描かれている生々しさが、眠るニンフのワンシーンを一層ドラマチックに。きれいごとばかり言って、本当の欲望を隠して生きてしまっていないかと、優雅なふりして抉(えぐ)ってきました。

 

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《サッフォー》 テオドール・シャセリオー 1849年 ルーヴル美術館(オルセー美術館に寄託)
Photo©RMN-Grand Palais (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF

 

恋に破れ、海に身を投げた伝説を持つ古代ギリシャの詩人サッフォー。
恋に破れたわけではありませんが、油断すると、この孤独と絶望の世界感に引きずり込まれそうに。危うさを見事に描くシャセリオーの表現力は、私には少し危険だったようです。

 

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《アポロンとダフネ》 テオドール・シャセリオー 1845年 ルーヴル美術館
Photo©RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Philippe Fuzeau / distributed by AMF

 

アポロンの求愛を逃れるため、ニンフのダフネが月桂樹に姿を変える場面です。
手の届かない存在に焦がれる、太陽と詩の神アポロン。求めても求めても手が届かないけれど向ける情熱がある状況と、求めるものが特にない状況は、どちらが幸せなのでしょうか。一生片思いの可能性が高い全ての表現者が、一度は考えそうなことが頭をよぎりました。

 

ちなみに、私の作品で「アポロンの祝福」というブローチがあります。「勝利の象徴」として月桂樹のリースをシンボルにしたデザインですが、数々の芸術家が表現してきたこのシーンの作品を見るたびに思います。この「変わらぬ愛」の側面もいつかアクセサリーとして形に出来れば……と。片思いに終わらないことを祈りつつ。

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注目のコラボアイテムと女心くすぐるお土産

 

シャセリオー展では、ショップコーナーにたくさんのコラボ商品がありました。やはりアクセサリー作家として気になったのは、シャセリオーの絵画作品からインスピレーションを受けてデザインされた、アクセサリーブランド「ブリランテ」の会場限定オリジナルアクセサリーたちです。

 

私も制作してみたいと思っていた《アポロンとダフネ》も素敵なネックレスに。葉のモチーフや色合いからのアプローチがお見事。その他の作品も、絵画の色彩とリンクするアーティスティックな創作が素晴らしかったです。

 
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お土産品も《カバリュス嬢の肖像》の世界観を生かした、お花や香りが楽しめる女性に嬉しいアイテムがそろっていました。迷いに迷って、私は職人さん手作りのお花のキャンディーを1つ。もったいなくて食べられそうにありありません。

 
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個人的な鑑賞は思いがけず深いものになりましたが、このお土産の世界観が好きな方は、素直に絵画を楽しめる展覧会だと思います。

 
 
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応募締切:2017年5月11日(木)
ご応募はこちらから!
 
 

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シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才
会期:2017年2月28日(火)〜5月28日(日)
会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)
開館時間:午前9時30分〜午後5時30分(金曜日は午後8時)※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日(ただし、3月20日、3月27日、5月1日は開館)、3月21日(火)
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2017chasseriau.html