2017.03.18

広瀬弦が描く 谷川俊太郎「いそっぷ詩」展

2017年3月3日(金)渡邉 理絵

 

― 開かれる心の扉 ―

 

イソップと言えば寓話の作者として世界中で知られています。
その「イソップ寓話集」(中務哲郎訳・岩波文庫)をもとに、大人も子供も読みやすいひらがな詩にした、「いそっぷ詩(うた)」(小学館)という絵本詩集があります。
詩の作者は日本の代表的な作家・詩人である谷川俊太郎さん。その詩を、見事なイマジネーションで絵にしたのが絵本作家・広瀬弦さん。今回は、その絵本詩集の原画や版画を一目見ようと、『広瀬弦が描く 谷川俊太郎「いそっぷ詩」展』が開催されている南青山のSPACE YUIに足を運びました。

 
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谷川さんと広瀬さんのコラボレーションは初めてではなく絵本「まり」(クレヨンハウス)や「考えるミスター・ヒポポタムス」(マガジンハウス)などでも組まれています。その他、広瀬さんのお母様でもある絵本作家・作家として有名な佐野洋子さんや、工藤直子さんと組まれたものなど、様々な絵本で広瀬さんの絵を見ることができます。登場人物の表情があどけなくて、とてもかわいらしい世界観です。

 

「いそっぷ詩」の絵は、かわいらしいだけではなく、皮肉やウィットも使われた詩文ならではの巧みな表現をイマジネーション豊かに視覚化していて、「イソップ寓話」の世界に思わず引き込まれていきます。

 
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表紙やチラシにもなっているこちらの作品。
動物が絡み合い木のようになっていて、遠くから見ても美しく、近くで見ても驚きがある不思議な魅力なある作品です。本の冒頭の「イソップさん」と一緒に額装されています。

 

詩のほうは、単なる印刷ではなく、谷川さんが手書きで書いた文字をパソコンで取り込んだものを一文字一文字配置していて、まるで手書きしたような温かみがあるデザインになっています。サインだけは実際に手書きで書かれています。

 

実は世界中で有名な「イソップ寓話」は、イソップが作ったと実証できる話はひとつもないという説もあり、「イソップ風寓話」と言われることもあるのですが、「イソップさん」の詩からは、実在した「イソップ」の姿がみるみるうちに目に浮かび、また、谷川さんのイソップへの敬意や愛を感じられました。

 

『(前略)
 イソップさん だけどおはなしつくるのうまかった
 むしやことりや けものにたとえて
 じょうずに いきるすべをおしえた
 いまもむかしも ひとはよくばり
 ギリシャもにほんもひとはおんなじ (略)』

 

もともと谷川さんの詩は好きで、詩集を持っています。今回のように子供でもわかるように書いたひらがな詩というのはあまり入っていなかったので、今まで以上に心に響きました。そして、その詩を説明するわけでもなく、単に挿絵として添えるだけでもなく、深く読み込んで表現しているのが広瀬さんの絵なのです。さらに、本の最後には、谷川俊太郎さんの息子で作曲家の谷川賢作さんの作曲した「イソップさん」の楽譜もついていました。

 
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これは「わしと からす」です。
水彩絵の具で描いたとは思えない細くて綺麗な線や模様など、実際に描かれたサイズで間近に見ることができました。雲と羊と空が3Dのように立体的に見えます。まるで夢の中の世界のようで、広い空間のギャラリーで見ても素敵でしたが、本の見開きという自分の手の中の狭い空間で見た時には、もっと強く訴えかける力がありました。
「わしと からす」は鷲の真似をしてカラスが羊を持ち上げようとしたら、できずに羊飼いに見つかって逆につかまって羽を切られてしまうという話です。実力もないのに人の真似をしようとしても、決して簡単にはうまくいかないという教訓が含まれています。

 

『(前略)どこからみても からすだが じぶんじゃ わしのつもりなのさ』

 
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  • 「ねこと にわとり」
  • 「きつねと ぶどう」
  • 「きつねと きこり」

 

「イソップ寓話」をご存知の方はタイトルを見ただけで話を思い出すかもしれません。
話を知らなくても、広瀬さんの絵を見るだけでも感じるものがあります。
ほとんどの作品が詩と一緒に額装されているので、ギャラリーに行くだけで「イソップ寓話」の世界を堪能することができます。

 

「きつねと ぶどう」は高い所になっている美味そうなブドウを取れないきつねが、あれはまだ酸っぱくて熟れてないから取らないと言い訳する話です。

 

『(前略)
 どうせぶどうは まだうれていない
 たねがあるのも うっとうしい
 ぶどうはジャムに しなくちゃね
 ぶどうはワインに しなくちゃね』

 

歌いだしたくなるようなリズミカルな詩です。
例えばこの話は「イソップ寓話集」だとこうなっています。

 

『腹をすかせた狐君、支柱から垂れ下がる葡萄の房を見てとってやろうと思ったが、
 うまく届かない。立ち去り際に独り言、
「まだ熟れてない」
 このように人間の場合でも、力不足でできないのに、時のせいにする人がいるものだ。』

 

同じ話と同じ教訓ではあるのですが、リズミカルで優しい言葉だとより一層伝わりやすいのだと実感できます。

 
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これは「かえると おうさま」です。
かえるたちが自分たちの王様を欲しがり、ゼウスに与えられた丸太の王様にケチをつけ、代わりの王様を望んだら水蛇の王様が来て食べられてしまった話です。支配者には、やり手で悪事を働く者より、愚図でも悪事に手を染めない者がいいという教訓が含まれています。実は、これは一緒に行った子供の心を最初に捉えた作品です。「なんでカエルはヘビに食べられちゃったの?」と聞かれてすぐにうまい返答ができなかったのですが、イソップなら、谷川さんなら、広瀬さんなら、どんな答えをくれるでしょうか。

 

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    オープニングパーティ(左から)谷川さん、本の編集者の方、広瀬さん

 

取材に訪れた時、広瀬さんが在廊されていて、直接お話することができました。子供と気さくに話してくださり、いつのまにか子供がすっかり懐いていました。初日のオープニングセレモニーでは、谷川さんもお見えになり立食パーティーが行われたそうですが、こうして第一線で活躍されている作家さんと交流しながら作品を見る機会というのはとても貴重だと思います。子供が「ここに住んでいるの?」と聞くと「住んでいるくらいずっといるよ」と広瀬さん。展覧会の開催中は基本的にずっとギャラリーにいらっしゃるそうです。

 
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  • 「こやぎと おおかみ」
  • 「いぬと うさぎ」

 

こうした背景なしで何匹かの動物が描かれた絵もあります。
「いぬと うさぎ」は犬がウサギを捕まえて、遊んでみたり、舐めてみたり、でも最後には食べてしまったり、ウサギにとっては敵なのか味方なのかハッキリしないという話です。

 

『(前略)
 あなたはてきなの みかたなの
 わたしをたべるの あいするの?』

   
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  • 「ひばり」
  • 「きつねと りゅう」

   
こうした余白なしで一面に描かれた作品はとてもインパクトがあり、「わしと からす」でそうであったように、ギャラリーで見た時にも、本の見開きで見た時にも、その世界に引きずりこまれそうな没入感がありました。イメージを司る右脳に影響力があったのか、深層心理に働きかける力があったのか、ギャラリーから帰り、この本を読んでから眠りについた夜に、ものすごくリアルでかつ壮大な夢を見たことが忘れられません。イソップが色々なものに例えて洞察した人間の特徴、谷川さんが抽出したその本質、広瀬さんが表した心象世界のなんらかが、私の精神、魂に訴えかけ、心の扉をノックし開けてしまった、という気がしてならないのです。

   
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最後に、これは今回の展覧会のために谷川さんが詩を書きおろし、広瀬さんが絵を描きおろしたという「さるととんぼと にんげん」という作品です。こちらも「イソップ寓話集」から想を得たそうですが、絵本詩集には掲載されていません。

   

『(前略)
 にんげんさまは かんがえる
 なんでもあると なんにもない
 さるととんぼの どっちがしあわせ

   

 たくさんたくさん ほんをよみ
 ああでもないし こうでもない
 おはかのなかでも まだかんがえている』

   

今回見に行った南青山のSPACE YUIでの展覧会は終了してしまいましたが、同じ建築家・横川健さんがデザインした横浜のYUI GARDENでも3月13日より開催しています。森に向かって開かれたカフェを併設した都会のオアシスのような場所とのこと。仲町台駅からのアクセスも良いのでご覧になりたい方は是非足を運んでみてください。

   
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広瀬弦が描く 谷川俊太郎「いそっぷ詩」展
会 期:2017年2月23日(木)〜3月4日(土)【東京】
    2017年3月13日(月)〜3月25日(土)【横浜】
休館日:日曜日
時 間:10:30〜19:00(最終日17:00まで)【東京】
    12:00〜19:00(最終日17:00まで)【横浜】
会 場:SPACE YUI【東京】港区南青山3-4-11
    YUI GARDEN【横浜】横浜市都筑区仲町台1-33-1 THE TERRACE1F
入場料:無料
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388512

   

広瀬 弦(ひろせ げん)
1968年東京生まれ。絵本、挿し絵の世界で個性豊かな作品を生み出す。91年「かばのなんでもやシリーズ」(リブロポート)で産経児童出版文化賞推薦。2000年「空へつづく神話」(偕成社)で産経児童出版文化賞受賞。「まり」(クレヨンハウス)「西遊記シリーズ」(理論社)「けんけんけんのケン」(ひさかたチャイルド)他、作品多数。