2016.11.21

山岸凉子展「光―てらす―」―メタモルフォーゼの世界―

2016年11月1日(火) 渡邉 理絵

 

―バレエの美と、色彩の美―

 

文京区にある東京大学の弥生門のある道に入ると、大学の向かいに弥生美術館があります。近くまで行くと、併設されている竹久夢二美術館と一体となった味のある木の看板が目に入り、隣の夢二カフェ「港や」もレトロな雰囲気で、趣ある佇まいに昭和にタイムスリップしたような感覚を覚えます。

 
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弥生美術館の3階は常設展示室で、創設者・鹿野琢見(かの たくみ)のコレクションの中から高畠華宵(たかばたけ かしょう)の作品50点を公開していますが、1・2階の展示室は企画展として使われており、現在は『山岸凉子展「光―てらす―」―メタモルフォーゼの世界―』が開催されています。今回のお目当てはこの山岸凉子展です。

 

山岸凉子といえば、バレエ漫画「アラベスク」や「テレプシコーラ ―舞姫―」を始め、聖徳太子を主人公にした「日出処の天子」やジャンヌ・ダルクを主人公にした「レベレーション ―啓示―」などで有名な漫画家ですが、本格的な展覧会としてはこれが初めてとなります。

 
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(左)「日出処の天子」 扉原画[展示期間/前期・後期]©山岸凉子
(右)「テレプシコーラ ―舞姫―」 〈ラ・シルフィード〉扉原画 【展示期間/前期・後期】©山岸凉子

 

1971年に集英社「りぼん」で連載が始まった「アラベスク」は、私が初めて読んだバレエ漫画でした。その後1974年に白泉社「花とゆめ」で連載が始まった「アラベスク 第2部」も読みました。いずれも両親が持っていたコミックで、当時、別の出版社から出ていたとは気にも留めずに読んでいたので、今回、山岸凉子の歴史を辿った展示で改めて知ることとなりました。「りぼん」で掲載が始まった頃はすぐに終わる予定だったそうですが、第1話から大人気となり連載が長く続き、またその時の人気から、「花とゆめ」の創刊時に続編をぜひ、ということで第2部が始まったそうです。当時の「りぼん」と「花とゆめ」もコレクターの方から借りて展示されています。

 
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雑誌やコミックを発売と同時に読んでいたわけではないので、その人気ぶりを実感していないのですが、ドラマティックな展開と、描かれる美しいバレリーナの身体、華々しい舞台の裏での苦しい葛藤、乙女の恋心など、その世界に魅了されて、一度読み始めたら止まらず、「アラベスク」の魅力を何度も体感してきました。また、私自身バレエを習っていたので美しい描写の一つ一つが印象に残り、その漫画の1ページを見ればどのシーンかすぐわかるほどで、今回の展示には懐かしいページを辿る以上の興奮がありました。

 

「アラベスク」は、旧ソビエト連邦を舞台に、長身で平凡な生徒だったノンナ・ペトロワがソビエトの金の星ユーリ・ミノロフに才能を見初められ、苦悩や挫折を乗り越えて真のバレリーナへとなっていくストーリーです。このユーリ・ミロノフが、今でいうツンデレというのでしょうか、厳しさと優しさと両方を持ち合わせているギャップに魅力があり、また才能に溢れた美しい肉体を持ち、まさに少女の憧れる姿そのもの。彼を始めとした、ノンナを取り巻く個性的で強い影響力を持った他の登場人物たちに、読みながらノンナと共に緊張し、苦しみ、喜び、ときめき、すべて追体験したことを思い出し、胸が波打ちました。

 

そして、原画を見て驚いたのは、なんと言っても色彩の美しさです。
漫画の原画といえば、白黒の原稿を思い浮かべると思いますが、今回の展示はカラーページを主に公開しています。私が読んだコミック自体が古く、色褪せてしまっていたこともあるのですが、「こんなに鮮やかな色が使われていたのか!」とすっかり見入ってしまいました。

 
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さらに、今回は展示用に、ページが拡大されていて、絵画のように原画を鑑賞することができます。拡大されることで繊細な柔らかい表現が圧倒されるほどより美しく、その魅力を存分に感じることができます。山岸凉子の描く絵は優美な表現の中に憂いが感じられるのが魅力となっているのですが、登場人物の表情だけではなく、背景や色使いなど様々な要素が相まってその魅力となっていることを実感できました。カラーの原稿を描く時、色合いの微妙に違う原稿を何パターンか作り、その中から決定稿を選ぶそうで、そのこだわりも絶妙な色彩の美しさを生み出している理由の一つだと思います。白黒の作品も、イギリスのイラストレーター、オーブリー・ビアズリーから影響を受けたという幻想的な描写がとても美しく、美術科卒らしい芸術的な作品がたくさんあります。

 
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実は、カラーページや二色刷りのページの原画は年月の経過で色褪せてしまっている部分もあるそうですが、それでもここまで鮮やかなのには、驚きでした。コミックのほうは現在、印刷技術の進歩により、当時の原稿に近い色を出すことができ、当時より鮮明になっているとのことでした。残念ながら当時のコミックと文庫版は出版社のほうで絶版となっており、今唯一手に入るメディアファクトリーから出ている完全版を美術館のショップで手にしてみて、やはり昔よりずっと鮮明な印象を受けました。

 
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企画展は前期・中期・後期に分かれており、作品の保護のため公開される原画の一部展示替えがあります。美術館を訪れた中期には、後期に公開予定の作品も小さく紹介されていて、それを目当てにまた後期も見に行きたくなってしまいました。

 
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(左)「アラベスク」扉原画【展示期間/前期・後期】©山岸凉子

 

山岸凉子は、「ヴィリ」や「牧神の午後」などの短編のバレエ漫画を経て、さらに長編の「テレプシコーラ ―舞姫―」を描いています。美術館の2階でその原画を見ることができます。2000年にメディアファクトリーの「ダ・ヴィンチ」で第1部の連載が始まり、2007年に第11回手塚治虫文化賞を受賞。その後、2008年から第2部の連載が始まり、現在も連載している作品です。
医療ミス、ネットのいじめ、自殺といった現代の問題が盛りこまれていたり、ローザンヌ国際バレエコンクールの様子が詳しく描かれていたり、「アラベスク」とは一味違った魅力があります。特に、「アラベスク」を描いた1970年代とは時代も変わり、ヨーロッパのレベルに日本が追いついたことから、日本のバレエ事情を描いていることが大きな違いのように思います。

 

ところで、展覧会の「メタモルフォーゼの世界」というサブタイトルは、山岸凉子自身によるもの。変容する、というメタモルフォーゼの意味の通り、まさに、この展覧会では「アラベスク」から「テレプシコーラ ―舞姫―」までの時代の変容、作品の変容を感じることができました。

 

同時に、山岸凉子の「メタモルフォシス伝」という作品を思い出しました。受験生の心の闇に柔らかい変革をもたらす風の精のような青年が出てくるのですが、この「メタモルフォシス伝」の世界観が、「日出処の天子」で描かれる厩戸王子(聖徳太子)の人離れした霊的な魔力と心の闇の描き方にも通じるように感じます。

 

闇があるからこそ光が輝く。

 

そう思ったとき、タイトルの「光―てらす―」の意味が少しわかったような気がしました。

 

 

 
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山岸凉子展「光―てらす―」―メタモルフォーゼの世界―
会期 2016年9月30日(金)~12月25日(日)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
時間 午前10時~午後5時(入館は4時30分まで)
所在地 東京都文京区弥生2-4-3
入館料 一般900円/大・高生800円/中・小生400円
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp

 

※作品保護のためカラー原画と一部の作品に関しては展示替えを実施。
中期:11月1日(火)~11月27日(日)
後期:11月29日(火)~12月25日(日)

 

 

※敬称略