2016.10.20

にんげんだもの・原点

相田みつを美術館開館20周年記念 特別企画展「にんげんだもの・原点

 
2016年10月5日(水) 渡邉 理絵

 

― 心に染み込んでいく言葉 ―

 

相田みつを美術館の開館20周年を記念して特別企画展「にんげんだもの・原点」が開催されています。書家・詩人である相田みつをの作品を約800点所蔵する美術館。いつでも出会える安心感がありますが、今回は、彼の代名詞とも言える作品「にんげんだもの」を中心に109点が選ばれた特別企画展。彼の作品の原点を、そして、自分が相田みつをの作品に出会った原点を振り返ることができました。

 
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相田みつをの作品との出会いはやはり「にんげんだもの」。当時、私は中学生で言葉の深さまでわかっていたとは言えませんが、友人とも交わす、お気に入りの言葉でした。書道を習っていたこともあり、運筆の形を崩した独特な味わいには憧れをも抱いていました。

 

相田みつを美術館を訪れ、改めて驚いたのは書の作品の展示方法です。半紙のしわは全くなく、しっかり半紙が板に裏打ちされています。また、すべての作品が背景の紙と共に額に収められています。ろうけつ染めの作品もありますが、そちらも額装されています。ちなみに、この額や背景はすべて生前の本人の指定によるとのこと。書の作品を絵画のように鑑賞してほしいと願っていた彼らしい世界観です。

 
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また、美術館の内装は、彼が好んだアトリエ近くの八幡山古墳を模していて「相田みつをの気分になって散歩できるように」というコンセプトで作られています。吸水性の高い珪藻土(けいそうど)を使った壁や、照明を落とした展示室、和風のデザインの廊下やカフェなど、作品の保存の質と、訪れる人の時間の質を高める、癒しの空間となっています。

 
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墨の濃淡や擦れ、大胆な筆運びや独特な文字の形などを実際の大きさで見ることができ、大変意義ある機会となりましたが、今回一番良かったのは、作品や展示に垣間見える、彼の生き方や人となりを感じることができたことです。

 

それを感じることができたのは、特に映像や私物の展示コーナーです。書家として受賞が続いていた若い頃の作品や、手本通りに書くことに疑問を感じ始め、今の運筆スタイルで書き始めたもののあまり注目されず苦労した頃の執筆活動など、今まであまり知らなかった一面や、本人の生の声を聞いたことで、彼の本当の姿に少し近づいた気がしたのです。

 
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相田みつをの言葉は、自省の言葉でありながら、普遍的で、多くの人の心に響きます。そのルーツは、彼が中学生で出会った禅僧・武井哲応師だったようです。また、何度も何度も読み返した跡の残る道元禅師の「正法眼蔵」の文庫本がとても印象的でした。書のスタイルからは、大胆な方だと思っていましたが、実はとても几帳面な方だったということ、相田みつをと親交もあり開館の頃から美術館にいらっしゃるという広報の方に教えていただき少し意外でしたが、「正法眼蔵」の付箋や書き込みを見て、納得しました。

 

こうして、仏教や、特に禅を自分の思想に取り込み、自分の体験や苦悩を通して人間を見つめなおしたからこそ、その日々の葛藤や試行錯誤の中で、時間をかけて、日本中の老若男女に響く言葉が生まれたのだと思います。

 

日本だけではありません。今は海外からの観光客がバスのツアーで相田みつを美術館を訪れています。全ての作品には英語訳のキャプションがついていて、まだ海外で完全な翻訳本が出版されてないようですが、一部対訳付きの本が日本で販売されています。また、ツアーの参加者は相田みつをのアトリエを再現したコーナーにある茶室で、お茶の体験もできるようになっています。

 
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さらに、若い世代に相田みつをや書の魅力を伝えるべく、様々な取り組みがされています。たとえば、水書板というものを使って水と筆だけで墨で書いたように書の体験ができるコーナーがありました。よく書写の先生が使っていますが、乾けば何度でも使える便利なものです。

 
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ミュージアムショップには、サンリオのハローキティやケロッピーとのコラボ商品や、相田みつを美術館開館20周年とウルトラマン放送開始50周年を記念して出版されたウルトラマンとのコラボ絵本もありました。ショップはチケットがなくても開館時間中はいつでも入れるようになっていて、東京国際フォーラム内という場所がら立ち寄りやすく、また何度でも訪れてしまいそうです。

 

その絵本ですが、大好きな「セトモノ」の書をモチーフにしていたので、子どもへのお土産に購入しました。ウルトラマンが好きな息子はとても食いつきが良く、また、今まで「ひろい心」と「せまい心」しか教えていなかったのですが、「やわらかい心」もわかってくれました。

 
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『霧の中を歩くとしっとり着物が濡れるように、知らない間にしっとり身につくこと』

 

これは、相田みつをが映像展示の中で話していた、仏法の「教化」についての説明ですが、この言葉のように、彼の言葉は難しすぎず、簡単すぎず、押しつけがましくなく、共感でき、知らない間に心のひだに染み込んでいて、まさにしっとり身につく言葉ではないでしょうか。きっと世界中の心にしっとりと。

 

『にんげんだもの only human after all.(キャプション対訳より)』

 
 
 

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開館20周年記念 特別企画展「にんげんだもの・原点」
会期:2016年9月13日(火)~12月11日(日)
時間:10:00~17:30(入館は17:00まで)
所在地: 東京都千代田区丸の内3-5-1東京国際フォーラム地下1階
入館料:一般・大学生800円/中・高校生500円/小学生200円/70歳以上の方500円
http://www.mitsuo.co.jp/

 

 

※敬称略