- 2016.06.21
星の王子さまミュージアム
彼は星空の砂漠で何を見たのか
2016年6月8日(水) 佐藤愛美
神奈川県足柄下郡箱根町。芦ノ湖や仙石原などの豊かな自然に惹かれ、箱根の地を訪れる観光客は多い。私もその1人だ。前日の夜までは6月らしく雨が降っていたが、この日は朝から青空が見えた。雨上がりの山の朝は特別に美しい。澄んだ芦ノ湖と、湿った緑の匂いは東京にいる時にはなかなか感じられないものだった。
秋になると黄金のすすきが輝く仙石原高原も、今はまだ緑色だ。この近辺には、ラリック美術館やガラスの森美術館、ポーラ美術館……たくさんの美術館が存在する。今回の目的地である「星の王子さまミュージアム」もその中の一つであり、緑の山々から野鳥のさえずりが聞こえてくる。
ここを訪れる前に、私は図書館で「星の王子さま」を図書館で借りて読むことにした。小さい頃に読んだことがある童話だが、王子さまが言わんとしていることがどうしても理解できず、正直なところちょっと苦手な一冊だった。
昨年、「リトルプリンス 星の王子さまと私」という子ども向けの映画を観る機会があり、久しぶりに王子さまと再会したのだ。大人になってから聞く王子さまの言葉は、以前よりも深く胸に響いた。以来私は、世界にたった一つのサン=テグジュペリのミュージアムに行きたくてたまらなくなっていたのである。
ミュージアムの入り口には王子さまがいた。小惑星B-612に立つ小さな王子さまのモニュメントは、本の表紙に描かれているままの姿。惑星から水が飛び出して噴水になっているのが可愛い。
一歩敷地に足を踏み入れると、ヨーロッパの風景が広がっていた。それは、サン=テグジュペリが生まれ育ったフランスの地を再現したものなのだろう。鮮やかな花に囲まれた洋館や、おしゃれなショーウィンドウが並ぶ街並み。ここに立っていると、まるでおとぎ話の世界に入ったように錯覚してしまう。
また、作者が幼い頃より馴染みのあったチャペルも再現されている。ステンドグラスをよく見てみると、バラとキツネを発見した。
ミュージアムの敷地内には、展示ホールの他、レストランやショップも存在する。ショップではここでしか買うことのできない「星の王子さま」グッズが販売されている。そして、作品にちなんだメニューを提供しているレストラン「ル・プチ・フランス」でぜひランチを、と思っていたのだが、この日は点検作業のためお休み。残念である。
サン=テグジュペリの世界を余すことなく見せてくれる展示ホール。一番最初に通されるのはシアタールームだ。ここでは、サン=テグジュペリの生涯を「星の王子さま」に登場する印象的な言葉と共に短い映像作品で紹介している。世界で最も有名な童話を書いたサン=テグジュペリは、実は生涯を童話作家として過ごしたのではない。彼は、飛行機の操縦士だったのである。兵役についたのち、空軍の操縦士の資格を取得、そして民間航空会社の飛行機乗りとして勤務した。その後、第二次世界大戦で再び兵士として空に飛び立ち、二度と還らぬ人となったのだ。
「南方郵便機」「戦う操縦士」など、彼の著書に大人向けのものが多いことはあまり知られていない。彼がアメリカ亡命中に執筆した「星の王子さま」は唯一の子ども向けの書物であり、最も多くの人に愛される一冊となった。
彼を地中海上空で撃墜したのは、ドイツ軍の青年兵士だったそうだ。そして彼もまた、幼い頃に「星の王子さま」を愛読した少年の1人だった。「サン=テグジュペリだと分かっていたら撃たなかったのに……!」。兵士の言葉は、現代を生きる私の胸にも突き刺さる。以来彼は、二度と飛行機に乗らなかったそうだ。
シアタールームを後にして、ホールの2階へと進む。階段にはサン=テグジュペリの家族たちの写真が飾られている。フランスの裕福な家庭に生まれた彼は、両親、そして兄弟と共に不自由のない子ども時代を過ごしたことが窺える。中でも最も象徴的だったのは、彼が幼少期に使っていた子供部屋だ。見事にそれが再現されていたのだ。熱気球の描かれた壁に、お気に入りがたくさん詰まったおもちゃ箱、机の上に置かれた地球儀、飛行機模型……。幼い頃より彼は、空を飛ぶことを夢見る少年だったのかもしれない。
1921年春、彼は2年間の兵役についたのち、フランスの航空会社に入社した。また、1926年には26歳の若さで作家デビューを果たした。以降、自らの飛行経験に基づいた作品を発表していく。そして35歳、彼は「星の王子さま」のベースとなる過酷な体験をする。長距離飛行チャレンジの途中、アフリカのリビア砂漠に墜落。自慢の自家用機は全壊。彼は4日間砂漠を彷徨ったのち、奇跡的に救出されたのである。この遭難経験は、まぎれもなく「星の王子さま」の入り口となるものだ。砂漠での過酷な体験を始めとし、人生の中で彼の目が見たもの、耳で聞いたもの、心で感じたものが作品のベースとなっているのは間違いないだろう。
サン=テグジュペリが生まれてから空に消えてしまうまでを辿るように展示を見てきたが、最後のフライトで彼が乗っていたP-38ライトニングの模型を通りすぎると、「星の王子さま」の世界が薄暗い部屋に広がっている。この作品こそがサン=テグジュペリの人生そのものである、と言っているようだ。
物語に登場する「王さま」「うぬぼれ男」「実業家」「天文学者」など、子どもから見た大人の姿を象徴するキャラクターたち。王子さま風に言えば、彼らは本質を見ない大人たちなのだ。数字や肩書き、量や成果で物事を図ろうとする。作者が生きた時代背景を考えると、当時はそういった物質的な豊かさこそが評価される社会だったのかもしれない。だからこそ彼は、王子やキツネに代弁させたのだろうか。目に見えるものばかりに執着するのは、とても愚かしいことであると。
たった一本のバラが、自分にとって掛け替えのないバラであると気づいた王子のように、砂漠に墜落した夜、彼は目に見えないものにぎゅっと心を包まれたのかもしれない。
そして彼は最後のフライトの時、何を思いながら地中海の上空に散ったのだろう。自分を撃った青年が、まさか王子さまのファンだとは知らずに。
現在、「星の王子さま」は140カ国以上で翻訳・出版されているとも言われ、たくさんの人々に読まれている。私が大人になってから改めて作品の魅力に気づいたように、世界各国でも読者層は子どもに限らないだろう。
作品の核心である「目に見えないものこそ大切」を象徴する「ぞうとうわばみ(へび)の絵」はあまりにも有名だ。しかし、これをグッズにして売っているのは、星の王子様ミュージアムだけだと思う。
箱根から東京に帰った時、私は「なぜ、よく分からないこれを買ってしまったんだろう」と悩んだが、いかに分かりやすいか、いかに実用的かを重視するその悩み方こそ、サン=テグジュペリの言う「つまらない大人」の思考なのかもしれない。一見なんだか分からない形をしたものが、実はゾウを飲み込んだヘビだったりするのだ。イマジネーションの尊さこそ、彼が作品を通して世界に言いたかったことなのである。
目に見えるものや、利益ばかり求めてしまう自分への戒めとして、これからはゾウとウワバミを鞄につけて持ち歩くことにした。幸い、ボールチェーンがついているので、とても実用的なゾウとウワバミである。
「星の王子さまミュージアム」
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原909
小田原駅下車、箱根登山バス「桃源台行き」約40分
問い合わせ:0460-86-3700
営業時間:9:00~18:00(最終入館17:00)※年中無休
入館料:一般 1,600円/小・中学生 700円/
高校生・大学生・専門学生等 1,100円/シニア(65歳以上) 1,100円
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