2016.05.06

園子温 展「ひそひそ星」

暴発と抑制のあいだ ―そして忠犬ハチ公は待つことをやめた―

 

2016年4月21日(木) 石川 聡子

 

 園子温(その しおん)の最新作『ひそひそ星』のビジュアル1をみたとき「これだ、これが見たかったんだ!」とひとり興奮していた。至極単純な理由で、ただただそれが無機質で冷たいモノクロームだったからである。私はすぐさま、昔みて強烈な印象を植え付けられた1本の映画を思い出した。93年に発表された同監督の『部屋』2である。この映画をみてからかなりの月日が経っている。それでもこの『部屋』は、映画がもつ無限の可能性と計り知れない強度を私につきつけた不動の傑作なのだ。

 

 暴力、エログロ、残虐……園子温の映画といえばこのようなイメージが世間的には強いかもしれない。実際、園作品にはR指定を受けているものも多く、彼の映画を好む層には、むしろこの過激な描写を求めている人も少なくないはずだ。しかし、近年の園作品に、私は娯楽作品として割り切ったうえで楽しませてもらっている一方で、不満を募らせていたのも事実である。私のなかでは一貫してベストオブ園子温は先述した『部屋』であり、色彩に限らず音や台詞、モノ、ヒトを極限までそぎ落とし、そぎ落とし、きわきわで作られた静謐なシュプレヒコールこそが園映画の真骨頂だと考えている。だからこそ今作の『ひそひそ星』はいわば園子温の原点回帰であり、世間の“誤解”を解く絶好の機会のように思えてしょうがなかった。園子温の本来の才能に再会できる。そんな風に感じていた。

 

 青山通りから外苑西通りに入り、しばらく歩くと突如出現するコンクリート打ちっぱなしの建物。それがワタリウム美術館である。巨大ロボットのようなフォルムにたくさんの顔写真がコラージュされた外観。凝ったデザインの建物が立ち並び、ファッショナブルな人と幾度もすれちがうエリアながら、遠目で見ても抜群の存在感を放っている。ノスタルジックな響きをもつ「ワタリウム」は、館長の名前・和多利からつけられたらしい。

 
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 扉から入ってすぐ、たくさんの雑貨やポストカードが並ぶショップのほうに目がいったが、キョロキョロして左奥に受付を発見。案内されるがままに振り返り、銀色一色のエレベーターの前に立つ。色といい狭さといい、まるで宇宙船に乗り込んだかのような気分だ。『ひそひそ星』自体が宇宙を旅する話なので、ここで展示を行うのがものすごくピッタリに感じた。

 
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「今際の際(いまわのきわ)」の橋 2016年 撮影:岡倉禎志

 

 エレベーターの扉が開いた瞬間からインスタレーションははじまる。映画『ひそひそ星』の予告編でみたのとまるっきり同じ風景が広がり、人々の日常会話らしい音がひそひそ声で聞こえてくる。障子で囲まれた回廊を歩くだけで、映画の世界に潜りこんだかのような気分だ。食卓を囲んでいたり、何かのお祝いをしていたりと、障子にはさまざまな家族のカタチが映っている。幸せそうにみえる人々の動きや距離感とは裏腹に、発声を禁じられ、何かを恐れているような緊張状態にとにかく不思議な心地にさせられる。

 
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「土台」2016年 撮影:岡倉禎志

 

 再びエレベーターに乗って3階に上がる。先ほどの白黒空間から一転、赤の背景に白字で壁いっぱいに書き殴られた手書き文字が生々しい。「ぼくはもうここにはいない」という文言で始まる言葉の吐露を背に“みたことのある”ハチ公と“みたことのない”ハチ公が鎮座する。園氏が主催する「東京ガガガ」3から生まれた「ハチ公プロジェクト」の新作なのだそうだ。忠犬として日本中に知られているハチ公が台座から降りて歩きだそうとしている姿は衝撃的だ。待つことをやめたハチ公が、まるで本来の自分を取り戻したかのように生き生きとする姿に胸が躍る。壁の詩によると園氏にはハチ公が墓石にみえるらしい。ただそこで受動的に生きて傍観しているだけでは腐っていくだけ。そのようなことを言わんとしているのかもしれない。

 
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「配達物」2016年/奧:「ひそひそ星」の絵コンテ 1991年 撮影:岡倉禎志

 

 そして最後の4階。壁一面には同じフォーマットの紙がずらりと貼られ、近づいてよく見ると映画の絵コンテであることに気づく。その数じつに555枚。なんとも太っ腹な企画だ。園氏の映画は大体みてきたが、直筆の絵をみたのは初めてだ。柔らかな鉛筆書きにほのぼのとしたタッチが意外である。すぐそばのモニターで映画の予告編が流されているので、この絵がこういう風に映像化されたのかと思いを巡らせながら見比べるのも面白い。
 一角のショーケースには、園氏が実際に使っていた映画の台本数冊が並ぶ。血色に染まっていたり、自分で自分に言い聞かせるような言葉が殴り書きされていたりと、ボロボロに使い込まれたそれらは、すでにそれこそがひとつの作品のような風格さえある。モノクロームの情景にひそむ作家の激情が垣間見えた瞬間だ。

 

 この個展を見終わったあと、私は園子温の最近のインタビューを読み漁った。そこでわかったのが、25年前当時、『ひそひそ星』が予算などの諸事情から制作中断を余儀なくされ、かわりに作ったのが『部屋』だったということ、そして『ひそひそ星』こそが園氏が何より一番撮りたかった作品だったということだ。散らばっていた点が一本の線でつながったような気がした。挑発的だったり物静かだったり。一見バラバラに見えるような表現スタイルも、その核となるものは同じであり、暴発と抑制のあいだを行ったり来たりすることで(この感覚は園作品でもたびたび登場する彼岸と此岸を行ったり来たり…にも通ずる)、その核の威力を高めたり、ときには己の意に反することをしてまでも確かめていたのではないかと思う。そう考えると、私はやはり長年にわたる園氏のとめどなき熱量に感服せざるをえず、ますます彼のことを深く知りたくなるのだ。

 
 映画『ひそひそ星』が公開となるのは5月14日。果たして『部屋』を越えるのか否か。待ち遠しい。いや、待つことをやめればすぐである。

 

 
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園子温 展「ひそひそ星」
2016年4月3日(日)~7月10日(日)
休館日: 月曜日
開館時間:11時より19時まで(毎週水曜日は21時まで延長)
入館料:大人1,000円 / 学生(25歳以下) 800円
会場:ワタリウム美術館
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前3-7-6
Tel:03-3402-3001 http://www.watarium.co.jp

 

(1) YouTubeで予告編が公開されている。https://www.youtube.com/watch?v=VFLWXRNwLSU

 

(2) 35ミリで撮られたモノクロ作品。カンヌ映画祭で上映禁止、ベルリン映画祭で物議をかもしたとされるいわくつきの日本映画である。

 

(3) 90年代に活動していた園子温主催の路上パフォーマンス集団。「ガガガ」と叫びながら、渋谷や新宿を練り歩く、といったことをしていた。