2016.04.06

奥村巴菜 陶展 –虫神様の集い–

繊細優美な“虫神様”に心奪われる

 

2016年3月25日(金) 佐藤愛美

 

「赤坂で虫を題材にした陶芸の個展が開催されている」と聞いた時、正直なところ「え、虫?」と身構えてしまった。
私はどちらかと言うと虫が苦手である。特に大人になってからは以前にも増して抵抗感が強くなったような気がする。

 

虫を題材にした作品を作っているということは、作り手は男性なのかと勝手な先入観があったのだが、作家さんは私と同年代の女性。ホームページを見ると非常に繊細な「虫」の姿がそこにあった。虫なのに虫ではない、まるで装飾品やオシャレなインテリアのようだ。一目見て、興味を惹かれずにはいられなかった。

 
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展示会場は赤坂駅から徒歩2分程度の場所にある、ギャラリーカフェJalona。大通りの裏路地に面した隠れ家的な店舗だ。引き戸を開けると、左手にはギャラリー、右手にはカフェと二つの空間が優しい雰囲気の中で共存している。ギャラリーでは定期的にクリエイターの展示が行われているようだ。

 
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ギャラリーに足を踏み入れると、大人の顔くらい大きな虫の姿が目に飛び込んできた!
陶芸作家・奥村巴菜さんが作り上げる、「陶虫」だ。実在する虫の姿を忠実にかたどってから、模様や体の形などに手を加え変化をつけて、奥村さんならではの虫ができあがる。ご本人いはく「未来にいるかもしれない虫」である。

 
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大学で陶芸を勉強していた奥村さんは、卒業制作のモチーフに大好きな虫を選んだという。「女性なのに虫って、ちょっと意外でした」と正直な感想を伝えたところ、「父が虫の標本を集めていたこともあって、小さな頃から虫には抵抗がなかったんです。それに、あまり知られてないけれど『虫界』には男性と同じくらい女性のファンも大勢いるんですよ!」と教えてくださった。たしかに、その時ギャラリーにいるお客さんは全員が女性の方だった。
昆虫=ゴツゴツしてワイルドで男性的、という私の固定観念は奥村さんの作品に出会ったことで覆った。

 
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奥村さんの作るゾウムシたち。この作品で体長30センチほど。本物は指先くらい小さいのだが、公園や野原など日本の至る所に生息しているのだそう。(知りませんでした!)
作品を見ると、目の付き方からお腹の割れ方まで大変精巧に作られている。
最初は虫の写真を見ながら作品を作っていたけれど、虫の裏側まで360度見たい!という熱意から本物を採集し始めたという奥村さん。なんと日本にいない虫を採集するために海外にまで足を運ぶこともあるのだとか。

 
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作品のタイトルを見ると「○○様」と敬称がついている。展示のタイトルも「虫神様」とは、どういう意味なのだろう?

 

「人間は自分の都合に合わせて自然を変えてしまうけれど、虫は自然の変化に合わせて姿を変えながら生きています。自然と上手に共生している姿は、私たち人間も見習う部分があります。だから、そんな虫の生き様に敬意を込めて神様にしてみたんです」と奥村さん。

 
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虫は人間よりもよっぽど地球を思いやって生きているのかもしれない。「シロコブゾウ様」には藤の花が、「ツバキシギゾウ様」にはツバキの花が描かれている。その虫にまつわる植物を背中の部分に描き上げる理由は、単に作品のアクセントとしてではなく、自然と寄り添うように生きる虫への敬意の表れだった。

 
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「オオゾウムシ様」の体には、太陽と雨、雲、川、そして稲が描かれている。一匹の虫の中に、地球の営みのすべてが集約されているのだ。虫神様たちは、自然の尊さを無言のままに教えてくれる。

 
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陶芸の作品はスピード勝負である。
画家が何か月もかけて1枚の絵を完成させるように、この繊細な虫たちが生まれるまで何か月も時間を要しているのかと思ったが、実際は1週間程度で仕上げるのだそうだ。粘土は時間が経つと乾いて縮んでしまうため、全体のバランスを取ることが難しくなってしまうからだ。

 
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また、「作品の重さ」に関しては、一目見ただけでは分からない作家の努力が隠されていた。
「作品がちゃんと立つまでに3年かかりました」という事実には驚いた。
虫特有の6本の細い脚でどっしりとした胴体を支えるのは非常に難しい。卒業制作の際、大学の教授からは「無理なのでは?」と言われたが、諦めずに試行錯誤を繰り返したそうだ。地面にはしっかりと足がつくようにし、胴体をなるべく軽くするために薄く空洞に作る。そのため大きな作品であっても、実際に手で持ってみると「意外と軽い」ことに驚かされる。

 
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土は奥村さんお気に入りの素材だ。焼いた後の硬質さが、虫の硬い体の感じに似ているという。
紙や布は時間の経過と共に朽ちてしまうが、陶芸の作品は自分が死んだ後まで姿を保ち続ける。古代の土器が何千年も後に出土するように、奥村さんの陶器の虫たちが数百年後の世界で人々の目に触れているかもしれない。
「私が作ったちょっと変わった模様の虫たちが、もしかしたら未来では本当に存在してるかも」と目を輝かせながら語る。

 

奥村さんの今後の展望は、もっと大きな作品を制作して、屋外で展示をすること。そのためには、また新たな課題が生まれるかもしれないが、実はすでに制作に取り掛かっているらしい。今回の展示作品だけでも相当なインパクトがあるが、さらに大きい作品ともなれば迫力も増すに違いない。実物を拝見できる日が今から楽しみである。

 
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虫をかたどった作品の他にも、食器やアクセサリーが販売されていた。虫好きにはたまらない一品だろう。また、作品を入れる木箱には有料で絵付けができる。まるで、とっておき虫かごのようだ。

 

展示を見終わる頃には、私の中の虫に対するイメージが大きく変わっていた。
昔は当たり前のように身近にいた、テントウムシやコオロギのことを思い出した。きっと大人になるにつれて、見えなくなってしまったのだろう。人間は他の生命に比べて万能でも偉大でもない。草むらにいる虫に注意を向けることは、自然のありがたみに気づくことなのかもしれない。

 

「まずはゾウムシを探してみます」と奥村さんに約束して会場を後にした。

 

 

今後の予定
「女子美の新星」
期間:2016年4月7日~5月22日 10:00~17:00(入館は16:30まで)
   火曜休館(ただし5月3日は特別開館)
会場:女子美アートミュージアム
   神奈川県相模原市南区麻溝台1900 女子美術大学相模原キャンパス
   http://www.joshibi.net/museum/jam/16/shinsei/index.html

 

 

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奥村巴菜(おくむら はな)
1989年生まれ、2013年女子美術大学大学院
美術研究科 修了(工芸・陶研究領域)

 

幼少期より昆虫に興味を持つ。大学では、陶芸で作る虫「陶虫」を制作。
以後、全国各地で陶虫作品の展示を行っている。 
http://www.hana-o.jp

 

Gallery×Cafe Jalona
東京都港区赤坂2-6-22 デュオ・スカーラ赤坂Ⅱ B-102
TEL/FAX 03-3587-6810
東京メトロ千代田線赤坂駅(2番出口)より徒歩2分
http://www.jalona.jp