2019.04.09

書斎館

やすこな文房具 第十一回
 

 大好きな川端康成の小説『雪国』の冒頭に、「トンネルを抜けると雪国だった」とある。国境の長いトンネルを抜けてひらけた風景を、読者にイメージさせるこの表現が昔から大好きだった。南青山という東京の都心部にある「書斎館」は、そんな1秒前の世界観をがらりと変えてくれるような、どこかノスタルジックな雰囲気が広がるお店だ。
 


 

 春休みの真っ最中、表参道駅は少し混雑していたが、南青山へと抜けると人混みは次第に消えていき、目的地につく頃にはざわつく声も聞こえなくなっていた。今回伺ったのは “ペンブティック”書斎館。外からは中の様子がどうなっているのかわからないのだが、入り口から珍しいペンが並ぶギャラリーの廊下を抜けると、外国の小さな美術館に迷い込んでしまったような異空間が広がっている。
 


 

 店内には色とりどり、さまざまなメーカーの万年筆をはじめとするペン達が、まるでジュエリーや高級腕時計のようにガラスケースに飾られている。現在お店に出ているのは約2,000本、以前は3,000本近く取り扱っていたのだそう。ちなみに一番お高いものは1本250万円!スイスメイドの限定生産もので、時計と同じように精密に作られており、コンバーターにルビーもはめ込まれているのだとか。ルビーは一見ではわからないが、軸に美しく細かな細工が施されており、ずっと見ていても飽きなさそうだ。
 


 

「書斎館は“Pen is fashion”をテーマにしています。お洋服を選ぶときは着やすさだけを重視しないのに、ペンや筆記具を選ぶときは書きやすいものを買い求める方が多いですよね。でも今の時代、書きやすさだけで万年筆を選ぶ方は少ないと思うんです。そこで当店では、まずファッション感覚で気になるペン軸を選んでもらい、その後、実際に手に取って書いて、タッチや書き心地を試してもらっています」
 

 今回お話を伺った福家さん。PILOT(パイロット)製のペンが好きだという彼女からは、万年筆への愛が並々ならず感じられた。お気に入りだと話してくれた美しい蒔絵が施された1本は渋く美しく、きっと何十年先も手にしていたくなるような素敵なものだった。
 


 

 お店のHPを拝見した時から気になっていた1本を見せてもらった。それが書斎館オリジナル商品のひとつで、オーナーがロンドンにある骨董屋で偶然見つけた古い品物を復刻したという「舞踏会ペン」。実はペンのボディの節を外すとブレスレットになるという何とも風情ある品物だ。もともとは舞踏会でダンスを楽しむ女性たちが、踊りの順番を守るために相手の名前をメモするのに携帯して使っていたペンなのだとか。今ではダンスを踊る機会もあまり多くはないだろうが、ちょっとした時に使うことができればどれだけ素敵だろうか。ちなみに実際に手に取って書かせてもらうと、ペン先がかなり柔らかく、普通のペンよりも書きづらい。書けても2、3文字ということだが、ペンそのものが持つ高貴な雰囲気も相まって、何とも神秘的な1本だった。
 


 

「万年筆は“書く”ことに新鮮な感動を覚える筆記具だと思います。殴り書きはできないし、インクも慎重に入れなければいけない。綺麗に書きたいけど、間違えたら消せない。そんな緊張感がある筆記具なんです。デジタルのほうが早くて手軽に済ませられるかもしれないけど、ペンにしかないこの気持ち良い緊張感を、ぜひとも味わってほしいです」
 


 

 今回2本試し書きさせてもらったのだが、それぞれ軸の握り心地や書き心地、インクの走り方などが違っていて、まさに新鮮な感動を味わった。お店では試し書きする際に、質感が異なる2種類の紙を用意してくれているので、ぜひ気になる1本や試してみたいものがあったら書かせてもらうことをおすすめする。
 

 じっくりと座って1本のペンを試し書きするという機会は、ありそうで実はあまりない貴重な体験だ。書くよりもキーボードを打ちこむ時間のほうが長い現代人にとって、この試し書きこそが贅沢な時間の使い方なのかもしれない。
 

 ペンたちを満喫した後は、店内のカフェスペースでこだわりのコーヒーを飲みながら、お気に入りのペンで大切な方に手紙をしたためてみるのもいいだろう。
 


 

 “書く”ことの楽しさ、感動を改めて知ることができる素敵なお店でした。
 

文:橋詰康子 / 写真:西原樹里

 
 


 

書斎館
東京都港区南青山5-13-11 パンセビル1F
営業時間:11:00~20:00
定休日:水曜日
http://www.shosaikan.co.jp/