- 2014.12.17
ニューヨーク・ブルックリンの秋、追憶としての2014年11月
〜 最終回 日本人が見るこの街、地元アーティストとブルックリン美術館 〜
僕がブッシュウィックの、そのホステルを選んだのは単純にコストパフォーマンスが高いと思ったからだ。でも到着してみて驚いた。ホステルの共有スペースに、すごくグルーヴを感じさせる壁画が描かれていたからだ。
チェックインの際に、パスポートを提示すると、スタッフの男性が、「おっ、日本人なんだ。この壁画を書いたのも日本人だぜ」と教えてくれた。僕はすぐ彼に、このアーティストのフェイスブックのアカウントを聞いてメッセージを送った。残念ながらスケジュールが合わず会うことはできなかったけれど、スカイプで話を聞けた。
アーティストは、Shiroさんという静岡生まれの女性だった。中学生時代に観たヒップホップ映画「ワイルドスタイル」に衝撃を受けて、映画の舞台のニューヨークにも強い憧れを持ったそうだ。
2002年から2年間のブルックリン滞在の他、頻繁に静岡とニューヨークを行き来する日々を重ねて、今年6月にアーティスト・ヴィザを取得して、現在はブルックリンのサンセット・パーク在住。
制作活動は、ウォールペインティングに留まらず、作品のギャラリー展示や、アートディレクション、帽子や洋服のデザインなど幅広く活動している。
ニューヨークの魅力を尋ねてみると、電話越しからも、きちんとよく考えているのがわかる沈黙の後、3つありますと言ってから、こう話してくれた。
「ここはポジティブな態度で努力していれば返ってくる成果や反応が大きいし、どこに転がるかわからない面白さがありますね」。
「ホームレスやドラッグ中毒、クレイジーなアーティストもここでは『変な人・危ない人』のラベルを貼られる前にある程度、その人のパーソナリティーとして受け止めてもらえるので、仲間に入れてもらえることも多いですね」。
「世界中の人々がこの街で一緒に生活しているので、オープンマインドでいれば、世界を旅しなくてもいろんな国の人と交流して、文化やその国民性と関わることができるのでアートへのインスピレーションだけでなく、自分自身の人間としてのビジョンを広く保つのにいい街だと思っています」。
彼女の話を聞いていると、よく言われることだけど、ニューヨークという街の持つ、自由な精神と言うべきものがリアルに伝わってくる。
ブッシュウィックの街には、Shiroさんを始めとしたアーティストの壁画がいたるところにある。
ストリート・アートを堪能した後は、美術館に行くのもいい。ブッシュウィックのNYムーア・ホステルからL-lineと3-lineを乗り継いで約50分。ブルックリン美術館に足を伸ばした。
この美術館は、1895年にニューヨーク市の公立美術館として、プロスペクト・ハイツ・エリアに開館する。同市が管轄する美術館の中ではメトロポリタン美術館に次ぐ規模を誇る。古代エジプト美術からヨーロッパ、アフリカおよび北米近現代作品まで150万点の作品を所有し、常時、複数の時代や地域・テーマの異なる企画展を開催し、来場者の様々な関心に応える斬新で意欲的な美術館だ。
どのように斬新で意欲的かというと、例えばエジプト美術の隣に、巨大なナイキのスニーカーの現代アートを展示するようなことだ。これは、ヨーロッパはもちろん日本の美術館でも絶対にやらないと思われる手法だ。
僕が訪れた時は、ちょうど「Crossing Brooklyn」という展覧会が開催されていた。ブルックリン美術館は兼ねてから地元ブルックリンで活動をするアーティストにスポットを当てた活動を行ってきた。この展覧会でも同館所属の現代美術担当キュレーター3人が、ブルックリンのブシュウィックからベイリッジに在住あるいは在勤の35人のアーティストの100点以上の作品を、度重なるスタジオ訪問を基に入念な調査を行いながら企画構成を進めたという。
展覧会のタイトルはブルックリン出身の詩人ウォルト・ホイットマンのマンハッタンからイーストリバーを超えてブルックリンに渡る様子を叙述した「Crossing Brooklyn Ferry(ブルックリン・フェリーに乗って)」からとられた。
展覧会では、様々な世代のアーティストを取り上げることでブルックリンのアーティスト・コミュニティーとしての長期的な展開を示しつつ、美術館外の活動を広く取り上げ、アーティストやクリエーターたちのネットワーキングのハブとなっているブルックリン地区の横顔を従来とは異なる枠組みで提示している。率直に言って、作品群に特に飛び抜けた才能を見出すことはできなかったが、少なくとも、この美術館の取り組みは大いに評価されるべきだろう。
美術館を冒険する内に、度肝を抜くような大きな作品を見つけた。
「ディナーパーティ」と名付けられた作品だ。陶器や磁器や布などを自由自在に組み合わせたものだが、まるでその大きさからしても、ホテルの宴会場のディナー会場そのもののようだ。作品は1974年から5年の歳月を費やし制作された。
2007年3月にブルックリン美術館内にフェミニストのためのエリザベス・A・サックラー・センターの開館を記念して、この展示が開始された。フェミニスト・アートの初期の作品として広く知られているこの作品は、西洋社会における女性の象徴的な歴史を物語っている。
展示室に大きく広がる三角形のテーブルには、39人分のテーブルセッティングが並び、それぞれ、ヴァージニア・ウルフ、スーザン・B・アンソニー、ソジャーナ・トゥルース、アリエノール・ダキテーヌ、ビザンティン帝国のテオドラ皇后などに捧げられている。
テーブル・セッティングは、それぞれの女性が生きた時代の様式と技術に基づいて異なる装飾がなされ、絵付けされた中国風の皿、ワイングラス、金で縁取りされたナプキンなどで彩られている。花や性器、蝶など性的なイメージを盛り込んだ陶器の皿はその美しさの裏に、歴史の中で虐げられ、人類史の中で近年になるまで語られてこなかった古今東西の女性たちの姿を艶やかに、暗く照明の落とされた展示室に晩餐の場面としてよみがえらせている。
作者はジュディ・シカゴ。苗字はペンネームで、その名の通りシカゴ出身。フェミニズムについての作品の制作を今も続けている。「ディナーパーティ」は、その彼女の代表作だ。なお、この展示は常設ではなく、あくまで期限なしの長期展示である。
「そういえば」とコーディネーターが言う。
「この作品を敬愛する日本人作家がブッシュウィックにいるわ」。
ブッシュウィックの、とある駅から歩いて10分ほどぐらいのところにあるのが、森泉沙織さんのアトリエだ。彼女は千葉県生まれ。3歳の時に親御さんの仕事の都合でサンフランシスコに移り、小学校4年で帰国し高校卒業までを日本で過ごし、大学以降はずっとアメリカに住んでいる。
イリノイ、ペンシルベニアを経て、ニューヨークにやって来たのは、今から2年前。この街を選んだのは、「やっぱり、現代アートの中心地はニューヨークじゃないですか」とのこと。
小さい頃から絵を描くのが好きな女の子だったという。中学時代にはもう、絵で食べて行きたいと思うようになっていて、最初はイラストレーターを目指した。でも、大学に入ると、現代アートに興味を持つようになった。ある日本人アーティストの作品を見て、「なんでこんなゴミみたいなものに価値があるのだろうと思った」そうだ。そして、それを全く理解ができないことに強いフラストレーションを感じたのだそうだ。けれど、自分で学んだり、制作を重ねる内に、ある日突然、その価値がわかったという。
彼女の好むスタイルは、例えば美しいものとグロいもの、その境界線にあるものをコラージュしたり、壁彫刻として表現することだ。それはつまり、2次元と3次元の間、2.5次元とでもいえば良いのだろうか。
その根底にあるのは、自分の感覚の部分と、頭で理解する部分の誤差・ズレというものに対して「なんだろう?」と思ったり、モヤモヤしたり、時には怒りともいうべき感情で、それらをとても大切にしているという。
「ニューヨーク大好きなんです。ヘンテコな人がいっぱいいます。自分が変でも、もっとどんどんヘンテコになろうという気持ちになるんです(笑)。すごい開放的になれる。変というのは、頭おかしいけどクリエィティブな感じで、もちろんいい意味です。個性爆発している人が多くて、自分よりヘンテコな人がいるので、落ち着きますね(笑)」。
森泉さんは、見た目は、まるでファッション・モデルそのものだけど、いろいろお話してみると、確かにヘンテコで、またそれが彼女のキャラクターをよりくっきりさせていて、とても素敵だ。
「東京時代は、今思うとちょっと窮屈だったかもしれません。何となく、みんなと合わせなくてはいけないという空気があったように思います。これは制作にも影響するかもしれません。ニューヨークの場合は、変なことをしていても(笑)、誰かが見ていても受け入れてくれるんです」。
「東京にいる時は、その『窮屈』さには気づかなかったけど、こっちに来てみると、あー窮屈だったんだなあとわかりました」。
「ニューヨークに来ると制作の幅は間違いなく広がると思います。少々ヘンテコでもそれを受け入れてくれる人がいます。東京でヘンテコだと言われている人はニューヨークに来るといいですね、もっとヘンテコな人がいますから」。
森泉さんが話すように、ニューヨークは、現代アートのみならず経済などの多くの領域に置いても世界の中心地だ。
この、もっとも不確かで混沌とした20世紀後半から21世紀初頭が、数百年、いや数千年後にどんな歴史の審判を受けるのかは、もちろん、今ここにいる私たちにはわからない。
けれど、確かなことは、その多くの記述の中で最も多く登場する都市はニューヨークではないだろうか。
New york Moore Hostel
住所: Moore Street • Brooklyn, NY 11206
Web: http://www.nymoorehostel.com
Shiro (Artist)
Web: bj46.com
Instagram: http://instagram.com/shiro_one
Brooklyn Museum
住所: 200 Eastern Pkwy, Brooklyn, NY 11238
開館時間:水、金、土、日曜日11時00分~18時00分、木曜日11時00分~22時00分
web: http://www.brooklynmuseum.org/home.php
Saori Moriizumi(Artist)
Web: http://saorimoriizumi.com
写真は上から順番に
**NYムーア・ホステル内のShiroの壁画
**ブッシュウィック界隈のShiroの壁画(Courtesy of Shiro)
****ブッシュウィックのMorgan Av駅付近の壁画
*Brooklyn Museum 駅のサイン
*Brooklyn Museum前の交差点
***企画展「Crossing Brooklyn」に出展されている作品 (Courtesy of Brooklyn Museum)
*ジュディ・シカゴ「ディナーパーティ」(Courtesy of Brooklyn Museum)
*森泉沙織「Grapevines」、「Tortured Cloud」共に2014年制作 (Courtesy of Saori Moriizumi)
*アトリエにて
*森泉沙織「Unnamed」 2014年制作 (Courtesy of Saori Moriizumi)
*フォト・セッション
*21世紀初頭のニューヨーク・ブルックリンの繁華街にて
取材・撮影・執筆 久保田 雄城
NYコーディネーター 野口 智美
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