2014.12.10

ニューヨーク・ブルックリンの秋、追憶としての2014年11月

〜第2回 ダンボ、光と音の洪水、コミックアートとキース・ヘリング〜

 

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「ダンボ」。このチャーミングな名前を持ったエリアが今やブルックリンで、いやニューヨークで一番ホットなエリアだ。実際、ここで開かれた第一回「ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライト」は3日目にして観客が殺到し、安全上の理由からプログラム半ばで中止となってしまった。日本では、まだそれほど知られてはいないが、最早「ダンボ」は観光地と化している。

 

「ダンボ」はもちろん、ディズニー映画に登場する耳の大きな子象の名前に因んで付けられたものではない。「Down Under the Manhattan Bridge Overpass」、つまり「マンハッタン橋高架道路下」という意味だ。19世紀末までは、倉庫や工作機械の製造所などのあるごくありふれた工業地帯だったようだ。

 
 

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11月6日から8日まで、ダンボで「ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライト」というイベントがマンハッタン橋桁の壁面や、橋脚部分のトンネルを利用して開催された。入場は無料だが、売り上げが開催費に充てられるグッズ販売などが行われていた。壁面へ照射される作品には、アーティスト名や作品の解説やメッセージがテキストとして添えられていた。

 
 

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これは、文字通りレーザー光線やイルミネーションを駆使した「光の祭典」である。とはいえ、実際には光とトランス・ミュージックの洪水だった。

 

20代前半の白人とヒスパニック系の女性グループは、「ここはクラブか?」という勢いで踊りまくっていたし、そのすぐ横ではユダヤ系の父親と子が、高架下を飛び交うレーザー光線に釘付けになっていた。

 
 

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そして視線を落とすとどこから迷いこんだ犬が眠そうに横たわっていた。そこから10メートルぐらい先の暗い歩道では、東洋人の小さな女の子が黒人の女に手を引かれ、静かに帰り道を急いでいた。

 

その情景をして「人種を越えた老若男女や犬が、同じ場所で楽しむことができるなんて素敵だ、多様性の街だ。だからニューヨークは素晴らしい」なんてくだらないことを言うつもりはさらさらない。ただ、その光と音の洪水の中で僕が感じたグルーヴはとても優しく幸福なものだった。それは確かだ。

 
 

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そう、 I Love you (僕はあなたたちを愛してる)と言いたい気分だ。

 
 

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この「フェスティバル・オブ・ライト」はニューヨークでは、今回が初めてだがドイツ・ベルリンでは既に10回目を10月に迎えているし、フランスのリヨンでも行われている。東京でも、こんなアートイベントが実現すれば楽しいだろう。

 
 

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僕は2日目と3日目に出かけて行ったのだが、最終日は土曜日ということもあって、会場はもちろん最寄り駅の地下鉄の入り口まで人がごった返していた。そんな中でも僕のカメラに気づくとピースサインを送る人もいて、まあ、なんだかアメリカだ。

 
 

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結局、前述したようにイベントはプログラムを残して、途中で中止となってしまった。でも、僕とコーディネーターは、「(この中止は)次回への宣伝効果を狙ったものかもねえ」と話ながら、肌寒い石畳を歩いて近所のバーに潜り込んで、この夜に乾杯したのだった。

 
 

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別の日。ウィリアムズバーグを歩いていると、ポップでキッチュな「コミックアートブルックリン」と書かれた看板を見つけたので、行ってみると行列が。係の人に聞くと五分で次のトークショーが始まるからと言うので並んでみた。

 

これは年に一度のコミックとカートゥーンのフェスティバルで、地元ウィリアムズバーグのコミックストア「デザート・アイランド・コミック」の主催だ。初日は書籍の販売、2日目はトークショーだった。

 
 

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僕が参加した2日目のセッションのゲストは、雑誌「ニューヨーカー」のロズ・チャスト、オルタナティブ・コミック「マウス」でピューリッツアー賞を受賞したアート・スピーゲルマン。それに日本のファンがアメリカ・オルタナティブ・コミック界の帝王と呼ぶチャールズ・バーンズなどがトークを展開していた。

 

こんな有名どころの講演を、たった5分待ちで、しかも無料で聞ける機会があるブルックリンの住民がとても羨ましい。因に会場はブルックリン屈指のデザイナーズホテルThe Wythe Hotelのオーディトリウム。

 
 

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僕のような門外漢でも、会場の静かな熱気というものに引き込まれた。さまざまな文化やアートがそれぞれに成熟を重ねているからだろう。

 
 

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キース・ヘリングの壁画が素晴らしい状態で保存されているという、ウッドハル・メディカル・センター病院の最寄り駅M-lineの高架のFlushing Av駅から階段で地上に降りていく。すると、道いく人は白人はおろかどこの街にも必ずいる黄色人種も僕らを別にすれば人っこ一人いない。あたりは、黒人とそれに準ずる人間ばかりだ。

 

ダンキン・ドーナッツで休憩した時も、控えめだけれど、その奥に何らかの思いを強く持つ視線を痛いほど浴びた。ニューヨークは随分、治安が良くなったと思うけれど、エリアによっては、未だに日が暮れたら歩きたくない場所があるのだとリアルに感じた。

 
 

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そんなロケーションにあるこの病院は、元々1967年から開院が検討されてきたのだが、結局、それが実現したのは1982年の事だった。ニューヨーク州による公立病院で、キースの壁画が描かれたのは、外来診察受付の正面玄関だ。

 

この壁画は、キースが小児エイズ治療や研究に賛同して無報酬で制作したものだ。1986年、彼は1週間で長さ約213メートルに及ぶこの作品を仕上げた。製作中ももちろん病院は営業をしていたわけで、そんな中キースはドクター、職員、患者、見舞い客などのポスターやTシャツへのサインやデザインへのリクエストに快く応えたという。

 
 

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僕はこの壁画を首が痛くなるまで、ずっと見上げていた。
すると、あるタイミングから、エイズを患った子供たちのキースの壁画を見てはしゃぐ声、キースの梯子の下をしたり顔で通り過ぎるドクターや、ナースの制服のピンク、そればかりか、床に置かれたバケツの中のペンキの濃い匂いさえリアルに感じることができた。

 

手の届かない高い場所に描かれたものだったけれど、
そこにもし梯子があれば僕は迷わずそれを昇り、
その絵を、大きく開いた両手で優しく撫でただろう。

 

キースや、子供たちや、ドクター、ナースたちは今もずっとここにいるのだ。

 
 

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ダンボ、ウィリアムズバーグ、ブッシュウィック。
隣接する街なのに、それぞれのざわめきの音や、
放たれる色合い、光の質、風の匂いを持つ。

 

でも、みんな、ここにアメリカを探しにやって来たのは同じだ。

 
 

New York Festival of Light
住所: Pearl & Water Street, Brooklyn, NY 11201 (Manhattan Bridgeの高架下)
開催時期: 2014年11月6-8日(2015年開催時期は未定)
Web: http://nyfol.org/

 

Woodfull Medical Center
住所: 760 Broadway, Brooklyn, NY 11206
Web: http://www.nyc.gov/html/hhc/woodhull/html/home/home.shtml

 

Comic Arts Brooklyn
開催時期:2014年11月 8,9日(2015年開催時期は未定)
Web: http://comicartsbrooklyn.com/

 
 

写真は上から順番に

 

**ダンボの街中から、マンハッタン・ブリッジを臨む
********ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライトでのパフォーマンス
*ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライト会場から3メートルの情景
***ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライトでのパフォーマンス
*「ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ライト」会場最寄り駅の混雑
*「コミックアートブルックリン」の屋外看板
*「コミックアートブルックリン」のトークショーに行列する人々
*「コミックアートブルックリン」のオーディトリウム内のライトとスクリーン
*「コミックアートブルックリン」のトークショーを待つ聴衆
*****ウッドハル・メディカル・アンド・ヘルス・センター病院内のキース・ヘリングによる壁画
*ニューヨーク市営地下鉄にて

 

取材・撮影・執筆 久保田 雄城
NYコーディネーター 野口 智美