2014.10.24

思い出の中でしかもう会えない懐かしい喜びに、ただ身をまかせるということ(前編)

ボールペン[第3回]

 

このところせっせと象のホテルの小説を書いているので、食材の買い出し以外は、ほとんど家で過ごしている。今度の物語はちょっとユニーク(というかwerid)なので、それに合わせて手書きで執筆している。使っているのは、ステッドラーのトリプラス・ボールの青だ。近頃よく言われる、「青いペンで書くと暗記しやすい」という都市伝説みたいな話とは全く関係ない。僕はただ、このペンの曖昧な青が好きなだけだ。

 

書き上げるまでは、好きなスカッシュも我慢しようと思っている。だから、唯一の息抜きは普段は全く見ないテレビを夕方一時間見ることだ。その時間帯はどこのチャンネルも報道だかワイドショーだかよくわからないプログラムばかりだけど、内容は全く僕には関係ない。ディスプレイからやってくる画像と音声に気持ちを委ねるだけでいいのだから。

 

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気の抜けたビールみたいに執筆が進まない日に、いつものテレビをつけると見覚えのある女が、しゃべっていた。テロップを見ると、そこにはヨーロッパで有名な日本のファッション・ブランドの広報担当と出ていた。黒いきれいなロングヘアー、吸い込まれるような日本人としては、ちょっと珍しいヘイゼルの瞳。時は流れていても、彼女は何も変わっていなかった。

 

あの頃、そう6年くらい前だろう。僕は香港に住んでいて、一週間のそのほとんどを彼女と過ごしていた。彼女はファッションモデルで、シュウ・ウエムラの大きな屋外広告(香港と東京の両方)にも出ていたし、東京コレクションにも出ていたはずだ。恐ろしく美しい女だったけれど、後一歩、一流になれないファッションモデルにありがちな性格だった。

 

つまり、好奇心が強く、不摂生で、男にだらしなく享楽的で、飽きっぽい。スウィーツには目がない、酒は浴びるほど飲んで記憶を失う、煙草はぷかぷか吸う、時々ハッシッシまでやったりする。どうしてこんなめちゃくちゃなライフスタイルで理想的なプロポーションを維持できるのか謎だった。

 

でも、そういう資質を持った美しい連中の多くが、結果的に(後一歩、一流になれない)ファッションモデルになっていることを、僕は体験的に知っている。そういうものなのだろう。

 

(文・久保田雄城/写真・塩見徹)
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