2015.03.17

「ボサノヴァの神」のCDに触れ、デザイナーから転身[後編]

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近田ゆうきさん/ミュージシャン
2010年にブラジル・リオデジャネイロのスタジオで録音した音源は「完パケ」で持ち帰り、翌11年2月にファースト・アルバム「Samba sem nome(名前のないサンバ)」をリリースした。最初は“手売り”のみで販売していたが、「手売りだけではもったいない」といった声を多く聞くほど評判が良かったので、同年9月に全国発売した。

 

その後、「おおつか音楽祭」「Sunshine City Festa do Brasil」「Oi Brazil!〜イパネマの娘〜/IPANEMA LIVE STAGE Supporting radio J-WAVE」などのイベント演奏のほか、全国各地でツアー活動を続けた。時として危うささえ感じるほど澄んだ柔らかな歌声は、徐々にファンを増やしていった。

 

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だが、そんな中で近田さんはある時、「ボサノヴァ・アーティスト」という枠でくくられて紹介されることに窮屈さを感じるようになった。ワールドミュージックの中で日本での「ボサノヴァ」の認知度は高いが、“本場のボサノヴァ”を知っている人は、まだまだ少ないという。また、「ボサノヴァアーティスト・近田ゆうき」ではなく、ジャンルという垣根を超えて「一個人の『アーティスト・近田ゆうき』として世間に知ってもらいたい」と感じ始めるようになった。

 

触れた自然から感じたままを言葉で織り成す

 

ファースト・アルバム「Samba sem nome」を出した後、「唯一無二のオリジナルな世界を発信したい」という思いが日々、強くなってきた時、同じ弾き語りのアーティスト・青葉市子のステージに強烈なインパクトを受けたという。

 

「そのスタイルは既存のカテゴリーにとらわれない『ノンジャンル』で、リズムやメロディー、ハーモニーで『音楽はこうあるべきだ』という要素をすべて排除した、天性のセンスと才能にあふれた演奏でした。『枠』にこだわらない自由奔放なそのスタイルに、物凄い衝撃を受けました」という。加えて、「『音楽はこうでなければならない』といった呪縛から解き放たれると、私自身を表現したいという想いがより強まりました」と内面に変化も現れた。

 

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近田さんは、自身を指して「ボサノヴァやサンバの伝道師ではありません」と毅然として言う。ボサノヴァやサンバというジャンルにこだわらず、自分の中から湧き出る感情や言葉をそのまま表現することが最も自然な創作活動と捉えている。それこそが、「近田ゆうき」らしいスタイルだと。

 

「自然に触れたときに『綺麗だな』『美しいな』と思う自分の感性を信じて、自分が気持ち良いと感じる音楽や曲づくりをすればいいと割り切ることができました」。それが最も自分らしい音楽であり表現だと信じられるようになり、「こうでなければいけない」という殻を破って解き放たれた近田さんからは、湧き出るように「日本語」の言葉とメロディーが溢れ出てきた。その集大成が、セカンド・アルバム「5月の光」である。

 

ツアーで全国を巡っているが、中でも九州・沖縄にはプライベートを兼ねて幾度となく足を運ぶ。自然に触れ、地元のカフェに入り、湧き出てきた言葉を書き留め、好きな時間にメロディーを重ね合わせる。「東京生まれ・東京育ちなので、自然が多くのインスピレーションを与えてくれます。歌詞は、すべてノンフィクションです」と微笑む。

 

かすかに景色の 余韻を残し
森に優しく 溶けてゆく空
月を映す窓辺には 鳥たちが眠る
私は一人ギターを弾く 静かな空

 

これは、アルバム「5月の光」に収められた「なべんくぼの子守唄」の歌詞だ。近田さんが「第二のふるさと」とブログで綴るほど縁のある鹿児島県霧島市での滞在中に生まれた楽曲である(ちなみに「なべんくぼ」は、「鍋のくぼ」。霧島市大窪の地形が鍋底のようであることに由来する地元の呼び名)。
近田さんは「5月の光」をリリースする2年前(2012年)に、自身のツイッターでこう記している。「雨のなべんくぼ。ただただ家の窓から景色を眺め、2時間が経つ。聞こえるのは鶯の声と川のせせらぎと雨音だけ。全然、飽きない」。その当時に記したこの情景は、「なべんくぼの子守唄」の歌詞とあわせて読むと、より深く心に伝わってくる。これが、彼女の感性を通じて織り成す独自の世界観であり、新しい境地なのだ。

 

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「5月の光」でのメジャーデビュー以降、多いときはカフェやバーなどでのひと月当たり5〜6回のライブに加え、全国ツアーや招待客だけのパーティー演奏などをこなす忙しい日々を過ごす。そして、「歌唱力とギター・テクニックのレベルを一層底上げして、ジョアン・ジルベルトのような、すべて弾き語りだけで構成したアルバムができれば、と考えています」と、サードアルバムへの夢も広がっている。

 

言葉の裏には、自信や確信のようなものが見て取れる。「5月の光」のリリース後に地元のクラシック・ギター教室に通い始めているが、近田さんはその理由を「ギターの入り口がボサノヴァだったので、音色や表現力の幅を広げるために基礎からギターを勉強したかったから」と謙遜する。だが、今後の「曲づくり」の幅が広がるのは間違いない。

 

「音楽を再開したことを母も喜んでいるようで、ライブにも顔を出してくれます。今では、小さい頃から音楽に囲まれた環境で育ててくれたことを、とても感謝しています」と、ライブ後に見せるいつもの穏やかな表情で話すのが印象的だった。

 

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(文・井関清経 写真・西原樹里)

 

■プロフィール
近田ゆうき
ミュージシャン
国立音楽大学卒業。大学ではピアノ、声楽を学ぶ。
卒業後、日本デザイナー学院に入学。その後、グラフィックデザイナーに。
2003年、ジョアン・ジルベルトのCDとの出逢い、さらに同氏の初来日をきっかけにボサノヴァに傾倒。28歳でギターを始める。
2007年から演奏活動を開始。同年にブラジルに渡り、本場の音楽(特にサンバ)を聴き感銘を受ける。
2011年9月、1stソロアルバム「Samba sem nome(名前のないサンバ)」(MINA RECORDS)を全国リリース。
2014年6月、日本語のオリジナル曲を集めた2ndソロアルバム「5月の光」(Cadenza by T-TOC RECORDS)をメジャー・リリース。
現在は、ブラジル音楽を追求するとともに、日本語の持つ魅力を改めて見つめ直して日本語の歌詞のオリジナルの楽曲制作に力を入れる。
趣味は、カメラ。一眼レフ・デジカメを片手に、近くの光が丘公園や旅先で四季折々の表情を独自の感性(フィルター)で切り取り、創作活動の糧にもしている。