2015.03.04

「ボサノヴァの神」のCDに触れ、デザイナーから転身[前編]

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近田ゆうきさん/ミュージシャン
 

 28歳のとき、雑貨店の片隅で手に取ったCDを試聴したのがきっかけだった。日本で「ボサノヴァの神」とも称えられる、ギタリストで歌手のジョアン・ジルベルトとの運命的な出会い。近田ゆうきさんは、その音色を耳にした瞬間に「なんて気持ち良い音楽なんだろう」と、その体にある種の戦慄が走ったという。

 

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 当時、近田さんはフリーランスのグラフィックデザイナーとして、目まぐるしいほど忙しい毎日を送っていた。ジョアン・ジルベルトのCDはすべて手に入れ、毎日のようにデスクワークのBGMとして流し続けた。ひと昔前のアナログレコードで言うならば、「擦り切れるほど」に。そして、その年に偶然にもジョアン・ジルベルトの初来日公演が実現し、そのライブを目の当たりにして心を鷲掴みにされた。その演奏に触発されて、ボサノヴァギターを習い始めた。

 

音大卒業後に自らの意志でデザイン学校へ「再入学」

 

 近田さんは5歳からピアノを習い始め、中学からヴァイオリンも手にしている。ピアノを始めたきっかけは、多くのミュージシャンがそうであるように、親御さんの影響、特に「母の強い勧め」だったという。だが、多くの子どもたちがそうであるように、「友だちと遊んでいるほうがずっと楽しかった」と当時を振り返る。
 「母の知り合いであったピアノの先生にはとても恵まれた」というが、高校時代はバドミントン部のキャプテンとして運動部の活動に熱を入れ、ピアノは「毎日触れてはいましたが、ピアニストを目指すような子と比べれば短い時間だった」という。

 

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 大学受験の時期が近づくと、「母とピアノの先生を含めた、周囲のすべてが『音大に進むのが当然』という空気感に包まれ」、それに後押しされるがまま、受験前に猛練習して国立音楽大学に進学する。「小さな頃から絵を描くことがとても好きだったので、美術大学への進学も頭の中にはありましたが、美大受験の予備校にも通っていなかったので、それは言い出せずじまいでした」と近田さんは笑う。
 大学では、クラシックピアノと声楽を学んだ。だが、周囲の「音楽一辺倒」の期待をよそに、近田さんの心の中には「好きな絵も描きたい」という想いも強く残っていた。大学は音楽の道を選んだが、一方で美術やイラストなどへの興味や関心も薄れてはいなかったのだ。大学4年の時、文化祭でただ一人だけ絵の作品の個展を開いたのも、その表れだろう。

 

 いよいよ音大の卒業を控え、就職先を考えたとき、ピアノの先生や楽器メーカーへの就職は希望せず、デザインの専門学校への「再入学」を決意する。今度は自らの強い意志で「デザインを一から勉強したい」と専門学校を受験する意志を両親に伝えた。当然のように母親からは猛反対されたが、アルバイトを掛け持ちして自分の力だけで専門学校への進学を果たすことで、“本気の気持ち”を示した。アーティストとして何事にも1本の芯を持ち、常に凛とした姿勢で創作と演奏に臨む一本気な性格は、その当時から備わっていた。

 

ブラジルの文化を肌で感じるために旅立つ

 

 そして、デザイン専門学校を卒業した後は、デザイン・制作プロダクションでプロデューサーとしてグラフィックデザインの仕事を手掛けた後、フリーのデザイナーとして独立。その後、「寝る間も惜しいくらい忙しかった」日々の中に、再び音楽の道に誘う「ボサノヴァの神」のCDとの出会いが待っていた。

 

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 2003年から始めたギターは、当初は趣味の延長で教室に通っていた程度だった。次いで「演奏も発音もブラジルのネイティブな」音楽家と出会い、師事することで、日を追うごとにブラジル音楽の奥深さに魅了されていった。それとともに、ジョアン・ジルベルトがかつて言ったとされる「僕はボサノヴァではなく、サンバを演奏しているんだ」という言葉の意味がだんだんと理解できるようになる。さらに、サンバを生んだ“本場”ブラジルの「文化に触れてみたい」「ブラジルという国をさらに知りたい」という気持ちが強くなり、即座に現地へと旅立った。それが、2007年のことだ。

 

 初めてのブラジル体験は、わずか2週間の旅だったが、「毎日のようにライブハウスに入り浸って生の音に接し、その楽しさを味わい、日を追うごとにどんどんと深みにはまっていきました」と回想する。

 

 ブラジルの滞在は、近田さんに音楽以外にも大きな刺激を与えた。「みんな自分に素直で、とてもハイテンション。価値観も日本とは全く違いました」。その影響もあるのか、近田さんはライブ演奏のときはもちろん、日常生活でも、いつもテンションが高い。
 縁あって、近田さんとバドミントンをご一緒する機会があったのだが、キャプテンだった高校時代が蘇ってきたのか、「ハイッ!」と大きな声を上げてシャトルを追い、ポイントを決めるたびに両手を上げて大喜びする。アップテンポな楽曲を演奏するときと同じように生き生きと躍動していた。そのときは、近田さん自身の「誕生日記念ライブ」を間近に控えた大事な時期だったので、そのハイテンションには、周りが心配するほどだった。何事にも、熱中すると「のめり込むタイプ」なのだろう。

 

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 デザインの仕事の傍らに、渡伯前から知り合いのカフェやバーなどでBGMとして人前で演奏をしていたが、帰国後はさらに、ブラジル大使館の公式イベントや市民フェスタ、地域音楽祭などのイベントから声がかかるようになり、演奏を重ねるうちに手応えも感じ始めていた。「このままデザインの仕事をしながらの片手間では、ブラジル音楽の『奥深さ』に到達できない」と決心した2010年6月に、フリー・デザイナーの肩書きを下ろした。ブラジル音楽の空気感は本場ブラジルでしか出せないと思い、レコーディングを目的として再度、ブラジルへと渡った。

 

(文・井関清経 写真・西原樹里)

 

■プロフィール
近田ゆうき
ミュージシャン
国立音楽大学卒業。大学ではピアノ、声楽を学ぶ。
卒業後、日本デザイナー学院に入学。その後、グラフィックデザイナーに。
2003年、ジョアン・ジルベルトのCDとの出逢い、さらに同氏の初来日をきっかけにボサノヴァに傾倒。28歳でギターを始める。
2007年から演奏活動を開始。同年にブラジルに渡り、本場の音楽(特にサンバ)を聴き感銘を受ける。
2011年9月、1stソロアルバム「Samba sem nome(名前のないサンバ)」(MINA RECORDS)を全国リリース。
2014年6月、日本語のオリジナル曲を集めた2ndソロアルバム「5月の光」(Cadenza by T-TOC RECORDS)をメジャー・リリース。
現在は、ブラジル音楽を追求するとともに、日本語の持つ魅力を改めて見つめ直して日本語の歌詞のオリジナルの楽曲制作に力を入れる。
趣味は、カメラ。一眼レフ・デジカメを片手に、近くの光が丘公園や旅先で四季折々の表情を独自の感性(フィルター)で切り取り、創作活動の糧にもしている。