2015.06.17

「はじめまして」と訴えかけてくる愛くるしい表情。転身から3年で「金賞」【後編】

icon_創像人_16

はしのくるみさん/テディベア作家

 

 はしのさんは一時期、テナーサックス奏者としてテレビ出演するなど、音楽業界では名の知れた存在だった。「女性で大きなサックスを吹けることで注目されたようですが、それは、あくまで『女性』というフィルターを通しての評価です。男女分け隔てなく考えたら、当時の実力はまだまだでした」と振り返る。性別関係なく、1つの仕事を実力だけで突き詰めていく。テディベア作家としての決意は、並々ならないものだった。

 
img_07
 

 しかし、テディベア作家として転身した当初は試行錯誤の連続だった。完成形をイメージしたイラストをもとに、平たい型紙を元に縫い合わせた表皮に綿やグラスビーズ、ステンレスボールなどを詰め込んで形作っていくのだが、思ったようにならないことが多かった。

 

 まず、縫い目が見えないように完成させる大変さに加え、モヘアなどの表皮の素材は方向性によって伸び縮みの幅が変わる。作り直したことは数え切れない。

 
img_08
 

 はしのさんの作品の可愛らしさは、そのポーズと表情にある。日本テディベアコンベンションの金賞受賞作品もそうだが、まるで語りかけてくるような豊かな表情は、思わず頬ずりして、話しかけたくなるほどだ。

 

 「顔は、モヘアの色合いとグラスアイ(目)の大きさによって表情が変わってきます。また、主にホワイトやライトベージュなどの淡い毛色が多いのですが、グラスアイとのコントラストによっても表情が左右されます」という。ただ、今のところグラスアイのサイズが1mm~2mm刻みの規格しかなく、「0.5mm刻みのパーツがあれば、より豊かな表情を作る可能性が広がるのに」と悔しがる。

 
img_09
 

 昨年の金賞受賞後は、複数の小売店舗と業務委託契約を結び、あわせて日本テディベア協会を通じて全国の百貨店のクリスマスイベントなどに出展して、作品が販売されるようになった。イベントの出展会場では、来場者の女の子から「きゃあ、これブサ可愛い~」と言われることも多い。「ベアもそうですけれど、何でも作品って制作者に似るって言われますよね。『ブサ可愛い』は褒め言葉なのでしょうけれど、こんなとき、どんな顔すればいいか困ってしまいますね」と笑顔で言う。

 
img_10
 

 ほぼ毎日のペースで更新している、作品の制作過程などを綴ったブログの読者も増え、イベント会場では、ファンだと言う来場者から直接、「(作品の)イメージどおりの方ですね」と声をかけられることが多くなった。

 

 そのブログ「くるみの木」の「くるみ」の由来は、テディベア作家への転身時に東日本大震災関連のテレビ放映を見て勇気づけられた女性に因んだものだ。「高橋くるみさんという方で、当時中学生だった彼女は津波でお母様を失い、その後、長女の彼女が母親代わりに兄弟の面倒をみているというドキュメンタリーでした。その姿から、大きな『人間力』のようなものを感じました」。そして、その時に、新しい仕事へと取り組む勇気や生きる力をもらったお礼として、直接会って自分の作品を手渡すのが望みだという。

 

 「でも、今の自分では、まだまだ実力不足なので会いに行く自信が持てません。将来は世界最高峰と言われるアメリカのTOBY賞や、ドイツのテディベアトータルでGOLDEN GEORGE賞を勝ち取るのが夢ですが、まず日本のコンテストでテッペン(グランプリ)を取らないと。日本のグランプリを受賞できたら、自信を持ってぜひ、東北まで彼女に会いに行きたい

 

 この7月の日本のコンテストには、テディベア部門とアニマル部門の2つにエントリーしている。いま、その制作に追われているが、「作家活動が今まで順調すぎましたから、このあたりで一度、挫折を味わってもいいかもしれませんね。意外と私、逆境に強いですから」と笑う。周りが心配するほど、肩に余計な力は入っていないのかもしれない。

 
img_11
 

■プロフィール
はしのくるみ
テディベア作家。人々を癒しに誘う作品作りを心がけて、オリジナルのパターンですべてを手縫いで制作。ブログでは、その制作工程なども紹介している。
くるみの木=http://yaplog.jp/lecielbear/

 

(文・井関清経 写真・西原樹里)