2017.01.31

楽譜が伝える空間の芸術展

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2016年12月14日(水) 渡邉 理絵

 

― 音のある世界の再現 ―

 

民音音楽博物館で開催中の企画展「楽譜が伝える空間の芸術展」に行ってきました。
常設展も含め、実は訪れるのが今回2回目になるほどの、その魅力をお伝えします。

 
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入口を入るとすぐ吹き抜けのロビーとなっており、正面の階段を上っていくと展示室なのですが、階段を上りながら不思議とコンサートホールへ向かうような錯覚を覚えました。

 
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まず、出迎えてくれたのは、2台のグランドピアノ。
左側はドイツ・ブリュートナー社1924年製作のグランドピアノで、チェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活躍した齋藤秀雄の所有していたピアノです。世界的な指揮者・小澤征爾の恩師である齋藤秀雄。演奏している姿や、指揮をしている姿を見たことがありませんでしたが、彼がレッスンで使用していたというピアノを見た途端、急に身近に感じられました。今でも美しい音が奏でられ、決まった時間に、演奏を聴くことができます。右側はアメリカ・スタインウェイ社1952年製作のグランドピアノで、チェロ奏者であり作曲家のパブロ・カザルスが使用していたものです。スタインウェイ社創業100年を記念して作られた貴重なものです。

 

そして、常設展のメインともいえる「古典ピアノ室」へ。
世界の代表的な古典ピアノが所蔵・展示されており、モーツァルトが愛用したものと同型の「アントン・ワルター」を始め、16世紀の「チェンバロ」も展示されています。こちらも、展示されているだけではなく、決まった時間に、説明と共に演奏を聴かせてもらえます。その音色に、まるで往時のヨーロッパにタイムスリップしたような気分を味わえます。「自動演奏楽器展示室」では主にヨーロッパで普及したオルゴールや蓄音機、自動再演ピアノなどを見ることができます。「楽器展示室」では世界各国の楽器が並んでいて、毎年夏休みの時期には、子供たちに向け、直接触れたり演奏できたりする「子どものための世界民族楽器展」をやっているそうです。

 
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そして、いよいよ企画展示室へ。

 

ここでは、さまざまな楽譜の歴史をパネルで紹介しているのと同時に、現在では貴重とされているベートーヴェン作曲「交響曲第5番」の初版譜(写真左)や、「交響曲第3番『英雄』」の自筆ファクシミリ譜(写真右)などが展示されています。自筆ファクシミリ譜とは、作曲者自身が書いた自筆譜を複製し出版したもので、紙の質感まで再現されています。

 
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とりわけ、印象深いのはジョン・ケージ作曲「4分33秒」の譜面です。
ジョン・ケージはアメリカの音楽家、作曲家、晩年は実験音楽家として知られています。
「4分33秒」は彼の代表作で、これを初めてCDで聴いた時の衝撃は忘れられません。
4分33秒の間、何も音が鳴らないのです。正確には全く鳴らないのではありません。奏者が楽器に触れる音、観客が座りなおしたり、咳払いをしたりする音、そうした雑音は鳴っています。コンサートホールに行ったら私たちが聴くと予測している音楽がそこにはなく、常識を覆す斬新な経験が待っているのです。映像でも見たことがあるのですが、奏者が音を奏でず、むしろ聴いているその瞬間の自分の脈のほうが気にかかる音楽というのは初めてで、コンサートという時間と場所を区切られた音の空間について、聴いている側が感じ取るものの違いについて、など色々な気付きを与えてくれる機会となりました。ピアノだけで演奏されることが多いのですが、オーケストラがこの曲を扱うこともあるのも驚きです。こうして譜面を見たのは初めてで、とても興奮してしまいました。

 
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楽譜には「Ⅰ TACET Ⅱ TACET Ⅲ TACET 」とあります。「TACET」とは「声や音を出さない」という意味のラテン語です。楽器の音や声を出さないことを示す音楽用語のことです。単なる無音ではなく、きちんと3楽章になっていて、音楽用語で示されている楽譜はジョン・ケージからのメッセージをより際立たせてくれます。
ジョン・ケージ自身、無響室に入ったときに、決して無音ではなかったこと、一生音と共に生きていくのだという気付きから構想を得たそうです。また、禅や易経を学び、「偶然性」を音楽に取り入れたとのことで、アジアの思想にも影響されていると初めて知りました。

 

ジョン・ケージがオノ・ヨーコと一柳慧(いちやなぎとし)に向けて書かれた「0’00’’」という楽譜もありました。一柳慧はオノ・ヨーコの前の夫ですが、ニューヨーク滞在中にジョン・ケージと出会い、帰国後日本においてもその前衛的な音楽を紹介し、日本に衝撃を与えた人物です。「0’00’’」は日本初演時に、ジョン・ケージ自身が眼鏡に手をやったり、煙草を吸ったり、ペンで何か書いたりしたそうです。楽譜というのは、音楽を後世に残す優れたメディアとして発達し、また昔から変わらない記号が、時代を超えて空間に再現されるものですが、この「0’00’’」のように何をどうやったのか伝承でしか伝わらず、むしろ同じことは起こりえないという音楽は極めて稀です。また、これは演奏時間でさえ決まってないのですからさらに特殊です。楽譜の後半には「4分33秒〈第二番〉」だと書かれています。

 

その他にも、いわゆる五線譜に書かれたのではない変わった楽譜がありました。写真(左)は音符がランダムに並んでいるのですが、全体像はドイツのケルンにあるケルン大聖堂の形をしています。「Ode de Cologne(オーデコロン/ケルンの水)」というタイトルで、実際にオーケストラで演奏可能だそうです。この曲を聴いたことはないのにもかかわらず、ケルン大聖堂に行った時に感じた重厚感や神聖さを蘇らせる不思議な感覚がしました。写真(右)はアネスティス・ロゴテティスというブルガリア生まれのギリシャ系オーストリア人の作曲家が書いた図形楽譜で「ダイナポリス」とタイトルがついています。図形楽譜とは、20世紀後半の作曲家が用いる記譜法の一種で、厳密な指示をせず、演奏者の演奏の可能性を示唆するために図形を用いているといいます。

 
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また、音楽学者、文化功労者である田邊尚雄(たなべひさお)のコレクションの中から、日本の箏(こと)や中国の琵琶の漢字で書かれた楽譜も展示されていて、楽譜と一括りに言っても、西洋から東洋、中世から現代まで、また記譜法についてはその多様性までも見ることができ、楽譜の芸術性や、音のある世界の再現の複雑さや難しさを感じる貴重な機会となりました。

 
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みんおんプラザ(ミュージアムショップ)のオルゴールや楽器のキーホルダーなど、音楽関係のかわいい雑貨にも心が躍り、このためだけに訪れたいと思うほど。現在工事中のため見ることができなかった地下1階にある音楽ライブラリーも2017年2月には使えるようになるので、それも楽しみに、きっとまた訪れると思います。

 

 
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楽譜が伝える空間の芸術展
会 期:2016年9月10日(土)~2017年3月19日(日)
休館日:月曜日 ※月曜日が祝日の場合は翌日
時 間:午前11時~午後4時(平日・土曜)
    午前10時~午後5時(日曜・祝日)
主 催:一般財団法人民主音楽協会(民音音楽博物館)
所在地:〒160-8588 東京都新宿区信濃町8番地
入館料:無料
http://museum.min-on.or.jp/